2008年07月06日

CO2排出量の対GDP比国際比較

洞爺湖サミットが開催されます。
話題は地球環境に絞られている感じですね。
CO2削減については、削減目標の基準年が1990年なのはどうか、とか、米国や中国、インドが入っていない、米国は別の枠組みを自国主導で作りたい、などなど、問題点多し、です。
しかし、CO2排出量って本来、その国の経済規模比で見るのがフェアなんじゃないですか?
というわけで、以下、CO2排出量の対GDP比を国際比較したもの。

co2gdp.png
出所:「ヨーロッパのCSRと日本のCSR」


最も注目されるのは、最下段。同じGDPを生むために排出するCO2の量。
日本を1とした場合、EUは1.6倍、米国は3.2倍出している。偉そうなこと言うなら、日本に追いつけ!
中国は12.2倍、ロシアは20.1倍、インドは10.3倍。orz
頼みます、少しは頑張ってください…

CO2排出権取引、色々と問題があることは間違いないですが(CO2吸収源増加には寄与しないなど)、ぞうきんを絞りまくっている日本にしてみれば、同じお金でより大量にCO2を削減する仕組みでもある排出権取引は、よい面もあるわけです。

東大のなにがしかという教授がTVで、「環境を投機の対象にするな」とかのたまっていますが、環境を経済に載せる取り組みの実験としては、価値があるのではないですか?そのそも環境問題の本質は、有限な資源に価格がつかず、あたかも無限であるかのように消費されていることに問題があるわけですから。

しかし、数年前に比べると、現在の環境キャンペーンのすさまじさは隔世の感がありますね。色々裏もあるんでしょうが、素直に、すごいな、人間も捨てたもんじゃないな、とも思います。まだ何も解決してないですが。
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2008年06月05日

ニコラス・P・サリバン「グラミンフォンという奇跡 You can hear me now」

アジアやアフリカの途上国では、今や我々が驚くほど携帯電話が普及している。
マサイ族は携帯電話を片手にサバンナを走り回っている。
(保護区指定で、最近はライオンとの格闘はあまりないようだが)

本著は、アメリカのベンチャーキャピタルで働いていたバングラディシュ出身のイクバル・ガディーアが「つながることは生産性だ」との考えのもと、祖国に携帯電話を普及させるべく奮闘する物語。
アイデアのひらめきや企画、そして周囲を巻き込み、幾度もの苦難を乗り越え…という事業の立ち上げによくある奮闘記だが、そのインパクトは強烈で、国をも変えつつある。援助では解決できなかった問題を、ビジネスが解決しつつある(なぜ援助では結果が出ないのか、その辺りは「エコノミスト 南の貧困と闘う」に詳しい)。

本著にも、「未来をつくる資本主義」とは違った面から、BOP向けビジネスがなぜ儲かるのかという本質が描かれている。
それは、「資本の希少な地域では、資本(設備)のリターンが大きい」ということだ。
これも明快でパワフルな本質。
(マッキンゼーのリサーチによると、アナリストは途上国向けビジネスについて、リスクを過大に想定しがちらしい)。

経済成長は、労働力と資本(設備)とそれ以外(技術進歩など全要素生産性)で規定される。こうした地域には、労働力はあるのだ。ならば、競争の少ない分野で、政府に邪魔されずに、資本(設備)を導入して、膨大な(そして隠れた)ニーズに答えることができれば、資本のリターンは自ずと大きくなる。
これは、経済学の基本の基本、収穫逓減の話だ。
資本がすでに豊富にある地域や分野で、資本を追加的に投入しても、得られる追加的リターンは小さい。逆に、資本のない地域で、資本をうまく投入できれば、得られる追加的リターンは大きくなる可能性が高い。
戦後日本の復興の本質も、ここにあったはずだ。

もちろん、資本を「うまく」投入するというのがミソ。資本(設備)の追加的な導入と簡単に言っても、そこには様々な条件は必要だ。
その設備が使う側の不便を劇的に改善すること、そして関わるステークホルダーが皆、恩恵を受けること、政府の汚職などトップダウン式援助にありがちな問題を回避すること、などだ。(政府にも、金銭の直接の授受でない形、すなわち経済成長や政治リスクの低下という形で、恩恵が得られると説得できればスムーズなのだが)

グラミンフォンが成功したのは、これらの条件を満たしたからだ。需要者は、それまで何時間もかけて人に会いに行っていたり、情報がないことで適正価格が分からず搾取されていたり、といった時間とコストを大幅に節約できるようになった。仲介者たるフォン・レディーは、グラミン銀行からの借入で携帯の事業所を営むことで、経済的な自立を勝ち取った。周辺ビジネスも生まれた。携帯供給者は、新たな市場を開拓した。ノルウェーのテレノール、グラミン銀行、ソロスなどその他の出資者は、リターンを享受できた。
こうした条件を満たすことが必要ではあるが、このビジネスモデルは応用可能だ。

設備がその地域に受け入れられるかは非常に大きなハードルだが、それは意外にも「価格」が問題であることは少ない。
僕は5年ほど前に中国にリサーチ旅行に行ったとき、なぜ中国で月収の数倍もする携帯を皆が皆持っているのか、不思議に思ったものだ。しかし、彼らは携帯がない時には、それ以上のコストを様々な形で支払っていたのだ。そして、携帯を得ることで、それまで得られなかったリターンを得ていたのだ。
BOPのニーズを満たすとは、そういうことなのだ。
価格が高いから売れない、というのは先入観以外の何物でもない。

むしろ、使いやすく、劇的に便利で、不満を解消し、そして文化を侵害しない、そういうことのほうが大事だ。

イクバル・カディーアは、企画者にありがちな話だが、その働きに十分見合うリターンをしばらく得られなかった。(株式を売却するまでは)
では彼は、それにめげたか?
否、今度は、バングラディシュに電気を供給しようと奮闘中だ。
そして彼の弟は、無線ブロードバンドによるモバイル・コマースをバングラディシュに導入しようと画策中だ。
2匹でも3匹でも、どじょうをGETしてほしい。


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2008年06月04日

PS.Memo of スチュアート・L・ハート「未来をつくる資本主義」

本著には、先のエントリ以外にもインプリケーションがあるので、以下備忘メモ。

●世界の人口モニタ
約1万2000年前まで数千万人、アメリカ独立戦争時10億人、第二次世界大戦終結時20億人、現在60億人。
うち先進国経済8億人。このグループがエネルギーと資源の75%以上を消費。
新興国経済12億人。都市化。現在世界の3人に1人が都市に居住。2025年には3人に2人。インフラ問題。
伝統経済40億人。現在、世界人口年に1億ずつ増加しているが、ほとんどがこのグループ。ここは大きなビジネスチャンス。ニーズはエネルギー、水、運輸、物資、通信、金融サービス。
(例:安全な飲み水を手に入れられない人が10億人以上。公衆衛生設備が不十分な人24億人、汚水を原因とする下痢性疾患で年間300万人が命を落とす、ジャンボ機が毎日20機墜落しているのと同じ。)

●ピラミッドのモニタ
多国籍企業MNC(Multinational corporation)、世界に6万社、系列含めると25万社、世界の経済生産の25%、労働力人口は1%も活用していない
MNC上位10社で、世界の最貧国100国のGDPを合わせた以上の年間売上高(売上とGDP比較?)
働く意欲のある世界人口の1/3が失業か不完全雇用者
世界の株主、人口の1%に満たない。
1960年、世界のGDPに占める割合、最富裕20%が70.2%、最貧20%が2.3%、2000年、最富裕20%が85%、最貧20%1.1%

●集中インフラでなく、分散化で小規模に
サンクコストがないので、既に導入されている地域に新技術を持ち込むよりも、新技術が導入しやすい。大規模よりも小さく始める。
(例:ワールドウォーター社。太陽光発電給水ポンプで特許、途上国の国家プロジェクトとコンサル契約、政府と長期契約、腐敗政府…一方、キックスタート社。ケニア拠点、農家と共同開発した安価な非電動式ポンプ。大規模な投資いらず、農家が直接購入できる)
例:P&Gの浄水剤、KXインダストリーズのフィルター、ウォーターヘルス・インターナショナル紫外線殺菌処理

●BOP向けの低固定費の製品は上の層で高利益率を生む可能性(eg.ホンダの60年代スーパーカブ、中国ギャランツ(格蘭仕)の小型電子レンジ)

●BOPはインフォーマル経済のため、未登録の(把握していない)資産が豊富に眠っている。
●「ナイ」より「劣っていてもアル」のほうが、消費を喚起できる。
例:グラミンのビレッジフォン
グラミン銀行が農村の貧しい女性に融資(相互モニタ)、小起業家として携帯電話利用サービス提供。サービス利用者も情報・移動コストが猛烈に低下、有線インフラ回避、融資側も高利回り、携帯側も農村部1台あたり利益は、都市部の3倍。

例:農村部ソーラー発電&LED照明システム

例:メキシコのセメックス(メキシコ危機、上流顧客からの収益は半減したが、最貧層へのセメント販売は影響なし。貧民街、住宅建設、フォーマルへのアクセス(設計、銀行、情報)がないため高価で時間がかかるし、盗まれるし、必要のない資材を売りつけられるし。セメックスが大口バイヤーとなって資材供給者と交渉、住宅建設希望者は貯蓄会、その代り資材保管場所と建設サポート。それまでの1/3の費用と2/3の期間)

●単なる安価な労働力供給でなく、BOPのニーズに対応するビジネスをつくることが、長期経済発展につながる
(悪例、メキシコ。安価な労働力は代替可能。技術習得できていない)

●BOPビジネス成功のためには、付き合い(ラディカルトランザクティブネス)→土着化→ネイティブ化(マルチナショナルモデルではだめ)
例:ユニリーバのインド子会社HLL(ヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド)、BOPのニーズ知るため農村に6週間滞在が義務。原材料ほぼ100%を現地生産者から調達。
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2008年05月22日

貧困層向けのBOPビジネスは宝の山 〜スチュアート・L・ハート「未来をつくる資本主義」

環境問題や貧困など、これまで経済の「外」にあったものが、内部化されていく過程に、現在はあると思う。
(参考:「環境に値段をつけろ」
「ディープ・エコロジーと自然を経済に載せる方法」
「環境に値段をつける一つの方法」
CSR(企業の社会的責任)が流行だが、これらはそのうち経済活動の一部になるだろう。
戦略的CSR(マイケル・ポーター)、CSR経営という概念さえ、古いものになるはずだ。
CSRは、環境や社会問題が経済に内部化されるまでの過渡的な概念だと、僕は理解している。
「市場の失敗」だと皆が決めてかかっていた分野には、実はそうでない儲かる分野も大いにあるということだ。
もちろん、全部は内部化できないので、政府やNGO、NPOが中心となって、いわゆる社会貢献をする必要はあるが、まずはインセンティブの効く「内部化」の仕組みを考えるべきだ。

「未来をつくる資本主義」は、外部経済と皆が思っていることが、実は、市場に乗るものだったということを語っている。
本著で一番パワフルだったのが、BOP(Bottom of Pyramid)向けのビジネスが、実は大いに儲かるビジネスだ、ということを証明している点だ。

一般的な認識として、ビラミッドの底辺向けのビジネスは儲からない、というのが定説だ。それは、利益率が低いからだ。じゃあ、このときの「利益率」とは?それは、売上高に対する利益率だ。いわゆる利幅。
確かに、貧困層向けビジネスは利幅は小さいだろう。逆に、いわゆる富裕層向けビジネスが流行りなのは、利幅という意味での利益率が大きいからだ。

しかし、利益率は売上高に対して考えるべきものか?
本当は「投下資本に対しての利益率」のほうが、よほど大事だということは、企業価値の観点からは自明だ。
実は、BOP向けビジネスは、この投下資本に対する利益率が非常に高いのだ!
これに我々が気付いていなかっただけだ。(なんとバカだったのだ!)
投下資本利益率からビジネスを考えると、貧困層向けビジネスには、猛烈にでかい市場が目の前に広がっていることがわかる。

その最たる証明が、以下の表。
HLLとは、ユニリーバのインド子会社であるヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド社。彼らは、インド土着のニルマ社が洗濯用洗剤をBOP向けに売って儲かっているのを見て、それまでの高級品でない、BOP向けの製品を供給し出した。

BOPbusiness.bmp

粗利ベースでみると、高級品のほうが利幅が大きい。しかし、投下資本に対する利益率は、BOP向け低級品(あえてこう表現する)の方が高いのだ!
企業価値(あるいは経済付加価値)に貢献するのは、果たしてどちらなのか?当然、ROICの高い方に決まっている。売上高利益率なんて、ビジネスモデルの違いを表わしているだけ。

低利益率かもしれないが、高資本効率。
これこそが、貧困層ビジネスの本質だ。

これにいち早く気づいた企業が、今後の繁栄を謳歌するだろう。
低利益率だからという理由で、このブルーオーシャンを無視する企業は、足元をすくわれるに違いない。

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2007年06月22日

環境に値段をつける一つの方法

「環境に値段をつけろ」に対する佐藤秀さんのコメント。

究極の解決法はいっそのこと炭素そのものを自然の貨幣と見なし、人間の貨幣と交換すればいいと思ってます。
化石燃料を燃やすということは、言わば中央銀行が貨幣を過剰に発行して過剰流動性を引き起こし、インフレ起こすようなもので、炭素の場合、温暖化というインフレが起こるんですね。
炭素を排出する人と、炭素を吸収する人(森林の保有者)の間で、炭素と人間貨幣の為替取引すれば、森林もジャングルも資産価値が発生し、最終的に伐採するのは損になり、森林もジャングルも保全されるようになると思います。その分、化石燃料は高くなりますけれど。
マネーの専門家としてnaoさんはどう思われます?


うーん、これはおもろい喩えですね。本質突いている。
インフレは実体経済に対するマネーの量が多過ぎる現象。そして、ある閾値を越えると、ポジティブ・フィードバックを起こし出す(ポジティブって「good」という意味ではないですよ。「プラスの」という意味ね)。
温暖化も、地球規模に対して、地上に出た温暖化ガスの量が多すぎる現象。しかも、ある閾値を越えるとポジティブフィードバックを起こすんですよね、炭素の量も。

それから、自然の価値を炭素に集約するのも、マーケットを集約する効果があって合理的かも。もちろん、自然の価値はすべて炭素に還元できるわけではないですが、とっかかりとしては、こうすることで自然を経済に乗せる仕組みを単純化できる。

炭素と実際の貨幣の交換レートはどう決めるんでしょう?
ある意味最初はえいや!でいいのかな。
初期値が皆の納得する値ならば(落としどころが難しいでしょうが)、固定為替制でもイケますね。
金本位制ならぬ、炭素(逆)本位制というか。
まあでも、市場に任せるのがナチュラルでしょうね。

これは、おもろいし実践的な喩えですね。


排出権取引も、経済に炭素排出のコストを乗せる試みですが、実は片手落ちのシステム。なぜなら、排出権取引はあくまで「炭素排出のコスト」面しか勘案しておらず、「炭素吸収の利益」まで経済に乗せていません。
これでは、炭素排出の削減にはつながっても、炭素の吸収を促進することまでは出来ません。
佐藤さんのアイデアは、「炭素吸収の利益」も経済に乗せる、一つの解答。

実現できれば、「炭素吸収資源」として森林やジャングルに価値が出てくる。
中東の石油国家のように、「森林国家」「ジャングル国家」が登場する。
ブラジルやインドネシアなんか、働かずとも一気に富裕国(炭素の値段によりますが)。
森を作ること自体が、経済的に価値を生むことになる。
いや、森林に限らず、例えば、「炭素吸収プラント」みたいな施設が出来たりして。

問題は、これをいつの時点から導入するか。
導入すると、化石燃料高騰するので、代替エネルギーが本格化するまでは政治的に難しいかもしれませんが、当初の炭素交換レートが低く抑えられれば、実現可能だと思います。

こうした考え、実際に実現に向けた動きは今のところまだないんですかね?


posted by nao at 09:49| Comment(0) | TrackBack(2) | eco,CSR,BOP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月19日

ディープ・エコロジーと自然を経済に載せる方法

佐藤秀さん、さっそくのコメント&TBありがとうございます。
ディープエコロジーは結構進んだ考え方だと思っています。生物圏を一つの経済主体、あるいは仮想国家として見なせば、その国と経済交換する形で温暖化抑制につなげることは実は可能なんです。参考までにTBしました。



なるほど、どうやら僕はディープ・エコロジーを拡大解釈していたようですね。環境のために人間減れ!みたいなことになるのかと思っていましたが、もともとはそこまでの意味はないようですね。

「ガーナやカンボジアの賃金が低いのは自然の生産性が経済に反映されてないからだよ。」

は、僕も全くその通りだと思います。僕も同様の考えのエントリーを以前書いたことがあります。要するに環境問題の根本原因は、有限な自然の価値が経済に載っていないことだと僕は認識しています。

ただ、自然(環境)を経済に乗せるのに、わざわざ自然を擬人化したり仮想国家に見立てる必要もないのではないかと思います(もちろん、そうしてもいいのですが)。つまり、「人間にとって」自然が価値あるモノだという認識があればいいわけで。たとえば、リンゴは1個100円という値段がつきますが、その際にリンゴ(あるいはリンゴを与えたもうたもの)を擬人化しているわけではない、というか。
結局、所有権の問題に行き着きそうですね(つまり自然の売り手が誰なのか)。自然を所有しているのはその自然がある国、とするのか(その際の買い手は他国)、もしくは人類には所有権がなく別の擬人化したものとするか(買い手が人類)。擬人化したものが自然を所有しているとすると、自然の値段の決まり方は、その擬人化したものとの交渉というのがベーシックな考え方になりそうですが、ちょっとややこしそうですね。もちろん、国の所有としても値段がつくには一悶着も二悶着もありそうですが、こちらのほうが現実的な気がします。

頭の整理になりました。佐藤さんありがとうございます。それにしてもお詳しいですね。もしかしてその道の人なのかな。過去エントリーも読ませていただきます。
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2007年06月03日

環境対策に見るミクロとマクロ

今年に入って、急激に地球温暖化対策の話題がメディアを賑わすようになってきました。
掛布さんが「ガスコンロの火を目一杯じゃなくて、適度に押さえよう」なんてCMでやっていたり。もちろん無駄使いはダメです。が、一事が万事こんな調子で個々人の行動を「温暖化の原因につながる燃料を使わないように」誘導しようとしているけれど、これらのミクロの行動は温暖化対策としての効果は、あまりないといっていいです。
ある家計の貯蓄率が同じだとしたら(消費が同じだとしたら)、ガス代が浮いた分他の出費に回っているだけで、それが燃料を全く使わない行動でない限り、マクロとしての燃料消費量は同じなわけです。要するに、代替燃料が本格化するまでは、ああしたミクロの対策はあまり意味がないのです。

温暖化の原因となる燃料消費を抑制したいなら、それらの消費コストを高くするか(税金を高くするなど)、もしくは全体の経済活動を抑えるかしかないわけです。前者のほうが現実的。後者は、ディープエコロジーにつながる考え方で、はっきりいって解決策ではない。

ミクロの行動がマクロの改善につながらない典型例。
こういう場合、インセンティブ導入によるマクロ政策でなければ意味がないのです。
posted by nao at 09:39| Comment(1) | TrackBack(2) | eco,CSR,BOP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月09日

環境に値段をつけろ

環境問題は、今まで無限だと思っていた環境は実は有限だった、というのが事の本質。
つまり、供給に制限があるものが、あたかも無限(無料)のように扱われているのが問題。
供給に対して、需要が過多になっているのに、環境に値段がついていないから、市場原理が働かない。

経済学的に考えて、供給不足にあるものは、価格が上昇して需給バランスが調整される。
値段が上がることによって、それを使う需要が減る。

だから、環境問題の解決には、環境に値段を付けろよ、と。


そんなアホな、と思うなかれ。

二酸化炭素排出権取引は、これを実践したもの。
炭素税の考え方もそう。

森林伐採が問題なら、森林に値段をつけよう。
砂漠化が問題なら、ジャングルに値段をつけよう。
その仕組みづくりを考えよう。
posted by nao at 23:39| Comment(1) | TrackBack(3) | eco,CSR,BOP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする