2007年09月11日

続々9.11

第1話 9.11
第2話 続9.11


(続き)

夜が明けた。
TVをつけると、どのチャンネルも相変わらず事件関連ばかりだった。
あるチャンネルでは、アメリカ人が集団でろうそくを持って、あのいつもの歌を歌っていた。
その顔は被害者の顔でしかなかった。
それが起きた原因を冷静に考える顔ではなかった。
アメリカが海外で何をしてきたかを慮る顔ではなかった。

空港閉鎖が解除される見込みはなかった。
電話で航空会社に電話した。
僕らのうちの一人が帰る予定の便は飛ばないことが分かった。
その一人はチェックアウトしなければならなかった。
ホテルは満室で延長は出来なかった。
彼女はどこに気持ちをぶつけていいかわからないようだった。

「飛ばないんだからしょうがないよ」
「チェックアウトした後、このまま部屋に泊まればいいじゃん」
「タダでNYに延泊できるってことじゃん」
問題は解決した。

その日も快晴だった。
買い物に出かけた。
買い物しかすることがなかった。
MoMAも自然史博物館も開いていなかった。

ある店のラテン美人の笑顔がまぶしかった。
彼女のセクシーな笑顔を何度も見てドキドキした。
日差しの差し込む明るい店に明るい笑顔がよくマッチしていた。
ただ、ほんの数キロ先で起こっているであろう光景とのあまりのコントラストに、僕の心は小さな異物を感じた。
彼女には話しかけずに店を出た。


通りを歩いていたら、深津絵里と小澤なにがしとか言うミュージシャンとすれ違った。
少し前に噂になっていた二人だった。
深津は目線を落としていた。
日本人の集団とすれ違ってばつが悪そうだった。
もちろん、声をかけるような無粋なマネはしなかった。

空は快晴だった。
9月といっても日差しは強かった。
明るい日常だった。
通りに軍や警察がいることを除けば。
ひっきりなしにパトカーが通ることを除けば。


僕らは買い物を続けた。
店には結構な人出があった。
日本とは違う品揃えを楽しんだ。
ジーンズを試着した。
小物を物色した。
ニックスのジャージーを購入した。
小さな異物を心に抱えながら。

ロックフェラーセンターをバックに写真を撮った。
セント・パトリック教会をバックに写真を撮った。
小さな異物を心に抱えながら。


その日もデリで食料を買い込んだ。
ホテルの入り口では相変わらずチェックを受けた。
それが何か有効に機能しているとは思えなかったが。

相変わらずデリのメシはお世辞にもうまいとは言えなかった。
果物が一番うまかった。
それでも4人ではしゃぎながらメシを食った。
買い込んだつまみを肴に楽しく酒を飲んだ。

小さな異物を心に抱えながら。


(続く)
タグ:9.11 テロ
posted by nao at 23:59| Comment(0) | TrackBack(2) | 9.11物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月30日

続9.11

第1話 9.11

(続き)
駅につくと、摩天楼が立ちはだかって、黒い煙は見えなくなった。
ワールド・トレード・センターは、マンハッタンの南端に位置する。
駅周辺は、日常と変わらない風景が広がっているようだった。
ただ、駅の公衆電話は異常に混んでいた。


僕らは地下鉄を乗り継ぎ、宿泊予定のホテルへ向かった。
NYの地下鉄は、駅も車両も、日本のそれとは違って、暗かった。

ホテルはセントラルパークの南側にあった。
ホテルには特に問題なくチェックインできた。

チェックイン後、評判らしいバーガー屋に昼飯を食いに行った。
単に、馬鹿でかいパンに挟まれた馬鹿でかい真っ黒の肉が出てきた。
味付けは、置いてあるケチャップなんかでご自由に、ってことだった。
これに10ドルも払うのかと、アメリカの食文化を思い知った。

ホテルに戻ると、TVではブッシュの演説が流れていた。
全米の空港や港など、「出入り口」を閉鎖すると言っていた。
このテロを許すつもりはない、というようなことも言っていた。
ブッシュの目は常人のそれとは違っていた。
「これは戦争が起こるな」と僕はつぶやいた。
本当にやっかいなことになったと思った。

黒い煙が摩天楼の影に隠れてから、「リアルなもの」は一時姿を消していたが、ブッシュのテレビ演説が再びそれを呼び起こした。
しかも、それはもっと切実なものとなって蘇った。

空港を閉鎖するってことは、俺たち日本に帰れないってこと?
宿泊は延長できるのか?
俺たちの後に予約入れられていたら、俺たちどこに行きゃいいんだ?
ただでさえNYは予約を取るのが難しいのに、「出て行けない人」で溢れたら?
・・・

僕らは航空チケットが有効かどうかを確認するために、航空会社のカウンターに行かなければならなかった。
電話は通じなかった。
僕らは歩いてチケット・カウンターに向かった。

街は普通に人が歩いていた。
一見、日常の風景だった。
しかし、現実はやはり非日常の世界だった。
軍や警察が街のあちこちに待機していた。
パトカーがしょっちゅうサイレンを鳴らして猛スピードで走りすぎていった。
目の前のデパートに爆弾がしかけられたとかいう噂で、突然、通りに黄色いテープを張られ、立ち入り禁止になった。
突如として通りから追い出され、遠回りを余儀なくされた。


カウンターは人でごった返していた。
整理券をとって待った。
ひたすら待った。
ますます人で溢れてきた。
皆、床に座り込んでいた。
皆が待っているのに、受付はきっちり1時間昼休みをとっていた。
さすがアメリカだと思った。

2時間だか3時間だかは忘れた。
ようやく順番になった。
意外なほど簡単にリコンファームできた。
心配になって、「え?これほんとに飛ぶの?」と聞いた。
そしたら受付のおばさんは「そんなの大統領に聞いて」と言った。
当たり前といっちゃ当たり前だが、航空会社には何の権限もないのだった。
ただ「許可が出ればチケットは使えるよ」ということの確認だけに数時間使ったのだった。

僕らは街を歩いた。
買い物しかすることがなかった。
美術館は閉鎖されていた。
博物館も閉鎖されていた。
買い物といっても、夕方には、どんどん店は閉まっていった。

外でディナーを楽しむほど体力も残っていなかった。
デリで食料を買い込んで、ホテルで食べることにした。
ホテルの出入りは、いちいち部屋番号と名前をチェックされた。
夜も特に出かけることはしなかった。

部屋では年甲斐もなくはしゃいだ。
買い物でゲットした収穫物を見せびらかしたりした。
スーツケースに体を押し込んだりした。
デジカメで写真を取り合ったりした。
でも、心に引っかかることが一つあった。
4人のうち一人は次の日の便で帰ることになっていた。
空港閉鎖は解かれる兆しはなかった。
帰れるのかどうか、明日になってみなければ分からなかった。
TVでは相変わらず深刻な状況が伝えられていた。
外では時折、パトカーのサイレンが鳴り響いた。
僕たちはいつの間にか眠りについていた。
(続く)

第3話 続々9.11
posted by nao at 23:27| Comment(0) | TrackBack(2) | 9.11物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

9.11

5年前、僕はバスケ仲間3人とアメリカ旅行に行った。
フィラデルフィアとNYに行く予定だった。

9月11日はフィラデルフィアにいた。
友人の一人の親戚の家に泊まらせてもらっていた。

朝、皆で近くを散歩した。
とても天気がよく、そして暑かった。
リスが元気に走り回っていた。

散歩から帰って、TVをつけた。
煙の出ている高層ビルが映っていた。
映画かと思った。
しかし、なぜかずっとビルが映されていた。
台詞らしい音声も出てこない。
映画じゃないなと思った。
火事?

しばらくすると、飛行機がもう一棟のビルにつっこんだ。
え?何!?事故!?


そうこうしているうちにビルが崩れていった。

仲間の誰かが、「さすがにアメリカ、やることが早いな」と言った。
古くなった煙突やビルの爆破処理のように、ビルを爆破して、わざと倒壊させたと思ったのだ。
僕は、「いや、それにしちゃ早すぎる!これ、倒壊したんだよ!」と言った。
大変な「事故」が起こったと思った。
僕らは次の日はNYの予定だった。


僕らは、旅行に来ていた。
その日は、フィラデルフィアのショッピングモールで買い物をする予定だった。
僕らはTVを見続けることなく、予定通り買い物に出かけた。

が、近くのショッピングモールは、店が開いていなかった。
え?なんで?どういうこと?

別のショッピングモールに車を走らせた。
開いている店もあったが、半分ぐらいは閉まっていた。

そこの店員の話から、どうやらテロだと知った。
実は、フィラデルフィアにも飛行機が墜落したのだということも聞いた。
(実際には、同じペンシルバニア州のシャンクスヴィル)
だから店が開いていないのだ、と。
そして、それ以外の場所にも飛行機が落っこちたということも。

そうこうしているうちに、店はどんどん閉まっていった。
僕たちも買い物を切り上げて、家に帰った。

昨日は近くの学校で楽しくバスケをした。
カラオケバーに行って、日本代表としてボンジョヴィを熱唱してきた。
今日はちょっと雰囲気が違った。
お隣の陽気な警察官は、今日は疲れた様子で帰宅した。
飼い犬のゴールデンレトリバーは、お構いなしにはしゃいでいた。

僕たちは、日本に電話をかけた。
親にはNYに行くと言ってあった。
会社にもNYに行くと言ってあった。

僕らの予想を超えて、日本では大変な騒ぎになっていた。
親は、僕が巻き込まれた可能性があると、連絡を心待ちにしていた。
会社からも安否確認の電話があったようだった。

他の3人も親に電話をかけた。
一様に心配していて、そして安堵したようだった。
一人を除いて。

仲間の一人の実家は、農家をしていた。
電話をかけたら、「なんだーこんな時間にぃ!こっちは台風で大変だったんだぁー!(茨城弁)」と怒られた。
親はテレビを見ておらず、事態を全く把握してなかった。
爆睡中を叩き起こしたようだった。
僕らは爆笑だったが、そいつは本気でへこんでいた。


9月12日はNYに行く予定だった。
そして、僕らは予定通り、電車でNYに向かった。
どういう状況なのか情報が少なかったが、とにかく向かうしかなかった。

電車に放置された新聞の写真が惨状を伝えていた。
ただ、その時点でも、リアルなものではなかった。

電車の窓から、遠くに黒煙が見えた。
そしてNYに近づくにつれ、黒煙は巨大化していった。
真っ黒い煙が天につきぬけ、そして頭の上を覆うかのように広がった。
リアルなものを初めて肌で感じた。
(続く)

第2話 続9.11
第3話 続々9.11
タグ:9.11 テロ
posted by nao at 23:47| Comment(2) | TrackBack(2) | 9.11物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする