2017年01月19日

ハンディキャップがハンディキャップでなくなる日

(パラリンピックを観ていて、ふと思ったことをfbに書いたのですが、こちらにも載せときます。)

近い将来、「障がい」とか「ハンディキャップ」という概念そのものが無くなる世の中になるんだろうな。
少なくとも、身体的なものについては。

だって、今「健常者」と呼ばれている人も、遅かれ早かれ何らかの擬態をするようになるし、今「障がい者」とされている人も、健常者と変わらないか、あるいはそれを超える能力を発揮するものを手に入れるわけだ。
メカニカルなものでも、バイオ的なものでも。

で、もう少し遠い将来には、非身体的な面でも(脳とか)、ハンディキャップを克服する世界になるんだろうな。
もしハンディキャップがあるとすれば、こういうものを手に入れられる人と、そうでない人との差、ということになるんだろうね。

そして、もう少し遠い未来には、人間そのものが、ハンデを背負っているような扱いになったりしてね。

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2017年01月02日

【再掲】お正月、実家にいるなら是非やってみて欲しい超おススメのこと

去年の再掲ですが、おススメなので。

--------
「今年やることを書きだす」とかも、もちろんよいのですが・・・。
前置き抜きにして、ずばり、
「家族の歴史の話を、親や、おじいちゃん・おばあちゃんに聞く」です。

親がどう生きてきたのか、僕を姉をどう育ててくれたのか。今の自分と同じ歳ぐらい、どういう思いで生きていたのか。当然ながら、両親も子どもから大人になった時代があって。そこでは、じいちゃんばあちゃんが、若き日に親として、大変な時代ながらも楽しく育てた日々があって。
なんでそこに住んでたのか、なんでその仕事をしてたのか、おじさんおばさんはどういう人だったのか。どういう葛藤や楽しみや苦労の中で生きてきたのか。あたりまえだけど、人間臭い失敗や成功があって。

自分がなんで今こういう状況に立っているのか、自分が選択したように見えて実は、似たような性格や系譜が親や祖父母にもあって。

そして、爺ちゃん婆ちゃんが子どもの時には、やはりその時代の背景のもとに、どこに移り住んで、そこがどういう歴史の土地で、やはり曾爺ちゃん曾婆ちゃんが若き日に親として苦労しながら、僕の爺ちゃん婆ちゃんを育てていて、時代が違うから今では想像もできない「へー」って話もあって、歴史の本なんかでしか読んだことない出来事が、まさにその場にあって、、、


そういう物語、家族の歴史、単なる縦線横線の家系図とは違った動画の系譜を知ると、自分が、どういう過程を経て、今存在しているのか、を知ることになります。
と、自分の人生は自分のものだけど、でも自分のためだけでないって思いが生まれて、自分の人生を粗末にできなくなる。
同時に、自分が何を残すのか、どう未来に繋げていくのか、考え出す。
責任を自覚する、感謝を思い出す。

「ご先祖様が見てるから」ってのを、手触り感を持って感じ出す。
そういや、昔の家、じいちゃん、ばあちゃんの家に行くと、ご先祖様の写真が飾られてあったけど、なぜ飾っていたのかようやく合点がいく。
・・・


ま、あんまり僕がごたごた書かなくても、単純に、ものすごく楽しい。
なぜって、クッソおもろいノンフィクション、しかも自分が物語に登場する歴史ノンフィクション小説を、一番身近な人たちが語り部として、タダで(笑)語ってくれるんだよね。
で、登場人物が愛すべき人たちで、しかも自分の性格のよりどころになっている人たちだから、超共感する泣き笑い満載で、、、面白くないわけがない!
それまでなんとなくの字面でしかなかった世界の歴史がリアルに生き生きと眼前に踊り出し、かつ、家族の距離も縮まるし、なお愛らしい存在になり、さらにさらにこれからの自分の生き方にもきっとプラスに働く、という、一石二鳥どころか、四鳥、五鳥ぐらいの体験ができると思います。

で、これって、言わずもがな、期間限定のプレミア体験なんです。
僕の祖父祖母は、もう4人ともこの世にいません。
幸い両親はまだ健在なので、両親の祖父母(僕から見て曾お爺ちゃん曾おばあちゃん)の時代ぐらいまでは遡れますが、それでも子どもの頃の記憶は曖昧だったり、当人でないとわからないこともあったりするわけで。
だから、祖父祖母が健在なうちにもっとこの面白物語を聞いておけばよかったなと思うのです。

というわけで、まじ、おススメ。っていうか、すぐやれ。

話を聞ける人がすでにいないって方は、、、
ご自身が物語を作って、語り部になる番だってことですよ!

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2016年06月16日

エクス・マキナを観るべし

これ、人工知能に興味ある人は、もれなく、ぜひ。

最近観たなかで(といってもそんなに観ていないけどw)、抜群におもろい、っていうか個人的に好きな感じでした。

話もそうだし、あのテイストというか世界観も含めて。
もちろん映像も。
これからのことを考えるヒントにも。

いやー、これ、物理的にも感情移入という意味でも、あの場に自分が入って近未来体験しながら、ミステリーとして先を読む楽しみも味わえる、という、スグレモノだと思う。

ミニシアター系でしかやっていないのが、もったいない。

平日に行ったからかもしれないけど、人少なくて、こりゃ宣伝不足でない?
だから僕が口コミすることにします。笑

http://www.exmachina-movie.jp/


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舛添さんの件

いやー、もう決まっちゃったんで今更言っても詮無きことなんだけど。
でも書いておく。

確かに彼のカネの使い方は異様だったんだけど、
これって、歴代の面々はどうだったの?
もしある種の慣行だったんなら、全部彼のせいなの?

例えば、石原さんのときの使い方と比べて、あまりに放漫で姑息、ってんなら分かるけど、そういう話一切出てこなくて、今になってようやくちらちら出来てきた感じだよね。
これ、「出張の時は、こうなっています。」とか言われたら、9割の人は、いや使い過ぎやろと思いつつ、「ああ、そんなもんなのかな」って、乗るんじゃないの?

いや、そのまま乗ったんだか、あるいはさらに上乗せしちゃったのか俺には分からんが、ともかく他人様の汗水たらした税金で豪遊したり公私混同したりできちゃう精神性はダメなんだけどさ。
こんな税金の使い方はダメだ!と言って、改革してくれるタイプに首長やってもらいたいわけなんだけど。
ただ、ああいうのって、この出張にはこういう業者がこの値段でって、もう既得権化していて、それを全部一々ひっぺ返していくのって、相当な覚悟とパワーが要るもんだよ。
それこそ橋下さんぐらいのさ。

そういう精神を持ち合わせていなかった時点で、舛添さんはダメなんだけど、でも、ここまではもうサンクコストだよね。
当初の彼の態度とかからは、こりゃあかんな、って感じだったんだけど、ここ数日の感じからすると、これから給料返上して、反省して、厳しい目の中で真摯にやらざるを得ないはずだから、これある意味最高の公僕じゃん。
それでいいんじゃないの?
シリコンバレーで会社倒産させた人が、経営者として登用されるみたいにさ。


でも、まあこうレイムダック化したら、実務側のリスペクトが得られないかもね。
「これは無駄だから、こうカットして、その代わり…」「あんたが言うな」みたいな。
それに、「ちゃんとやんないと辞めさせられる」という先例にはなるのかな。

まあ要するに、ああいう話が出始めたって時点で、梯子はずされちゃってたんだろうね。

僕は、舛添さんを擁護したいとかいう気は無い。
まずもって都知事選時点で、ああいうタイプ(どういうタイプ?笑)には改革なんて無理と思ったので、当選しないだろうなと思いつつ意思表示のために家入さんに投票したんだよね。
だからといって、俺には責任がないというつもりはなくて、むしろ逆というか、なんで今更これを書き留めているかというと、声をあげなかった自分への反省から。

「皆冷静になろうよ。むしろ、一回失敗した人の方が、厳しい目に晒されながら、改革に邁進してくれるんじゃねーの?」と声を上げなかった反省から。
ここ数日でその流れが変えられたのかは分からんけど。

言っても無駄だし自分のやるべき事に集中しよ、って思ってたんだけど、それってある意味、公共心が足りなかったってことだよね。
公共心って言い方はくすぐったいけど、要するに「俺らの〜」って意識。

それから、ああいう使い方しても、東京の財政は屁でもないって分かったんだから、皆で、ふるさと納税をしまくるってのもいいかもね。あの制度も問題ありなんだけどさ。
それに、納税先がこれまたどう使ってくれんのかとか、把握している人少ないんじゃない?
で、都の話だけど、実際、都主催のセミナーとか行くと(俺じゃなくて知人の話)、なんだか無駄なもんタダで配ってたりすんのよ。これって随所にそういう体質があるってことだよね?
要するに、無駄なもの削って必要なもの、例えば子育て支援とかにカネ回そうっていうインセンティブは働いてないんだよ。
でもこういうのって、そこにいる人たちのせいにしたって何も建設的なことは無いのよ。仕組みを変えないと。

こういうのは、もっと声を上げるのも一つの手なんだろうな。
沈黙は美徳っていうか、黙って行動で示すってのも美しいんだけど、でも、声を上げるってのも責任の一つの果たし方なんじゃないかな、と思った次第。
あんまり行き過ぎて、赤組と黄組に分かれて公道使って騎馬戦、みたいなことになっても困るんだけど。


舛添さんは、ああなったらしばらくまともな活動はできないね。
せっかく失敗したのに、それを活かしてくれる機会を俺らが奪っちゃったわけ。

こうなったら、「しくじり先生」で洗いざらいしゃべって、俺らに失敗の経験をシェアしてもらうぐらいしか、当分活躍の場がないのかな。

posted by nao at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

お正月、実家にいるなら是非やってみて欲しい超おススメのこと

「今年やることを書きだす」とかも、もちろんよいのですが・・・。
前置き抜きにして、ずばり、
「家族の歴史の話を、親や、おじいちゃん・おばあちゃんに聞く」です。

親がどう生きてきたのか、僕を姉をどう育ててくれたのか。今の自分と同じ歳ぐらい、どういう思いで生きていたのか。当然ながら、両親も子どもから大人になった時代があって。そこでは、じいちゃんばあちゃんが、若き日に親として、大変な時代ながらも楽しく育てた日々があって。
なんでそこに住んでたのか、なんでその仕事をしてたのか、おじさんおばさんはどういう人だったのか。どういう葛藤や楽しみや苦労の中で生きてきたのか。あたりまえだけど、人間臭い失敗や成功があって。

自分がなんで今こういう状況に立っているのか、自分が選択したように見えて実は、似たような性格や系譜が親や祖父母にもあって。

そして、爺ちゃん婆ちゃんが子どもの時には、やはりその時代の背景のもとに、どこに移り住んで、そこがどういう歴史の土地で、やはり曾爺ちゃん曾婆ちゃんが若き日に親として苦労しながら、僕の爺ちゃん婆ちゃんを育てていて、時代が違うから今では想像もできない「へー」って話もあって、歴史の本なんかでしか読んだことない出来事が、まさにその場にあって、、、


そういう物語、家族の歴史、単なる縦線横線の家系図とは違った動画の系譜を知ると、自分が、どういう過程を経て、今存在しているのか、を知ることになります。
と、自分の人生は自分のものだけど、でも自分のためだけでないって思いが生まれて、自分の人生を粗末にできなくなる。
同時に、自分が何を残すのか、どう未来に繋げていくのか、考え出す。
責任を自覚する、感謝を思い出す。

「ご先祖様が見てるから」ってのを、手触り感を持って感じ出す。
そういや、昔の家、じいちゃん、ばあちゃんの家に行くと、ご先祖様の写真が飾られてあったけど、なぜ飾っていたのかようやく合点がいく。
・・・


ま、あんまり僕がごたごた書かなくても、単純に、ものすごく楽しい。
なぜって、クッソおもろいノンフィクション、しかも自分が物語に登場する歴史ノンフィクション小説を、一番身近な人たちが語り部として、タダで(笑)語ってくれるんだよね。
で、登場人物が愛すべき人たちで、しかも自分の性格のよりどころになっている人たちだから、超共感する泣き笑い満載で、、、面白くないわけがない!
それまでなんとなくの字面でしかなかった世界の歴史がリアルに生き生きと眼前に踊り出し、かつ、家族の距離も縮まるし、なお愛らしい存在になり、さらにさらにこれからの自分の生き方にもきっとプラスに働く、という、一石二鳥どころか、四鳥、五鳥ぐらいの体験ができると思います。

で、これって、言わずもがな、期間限定のプレミア体験なんです。
僕の祖父祖母は、もう4人ともこの世にいません。
幸い両親はまだ健在なので、両親の祖父母(僕から見て曾お爺ちゃん曾おばあちゃん)の時代ぐらいまでは遡れますが、それでも子どもの頃の記憶は曖昧だったり、当人でないとわからないこともあったりするわけで。
だから、祖父祖母が健在なうちにもっとこの面白物語を聞いておけばよかったなと思うのです。

というわけで、まじ、おススメ。っていうか、すぐやれ。

話を聞ける人がすでにいないって方は、、、
ご自身が物語を作って、語り部になる番だってことですよ!


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2016年01月01日

ダークサイドはダークサイドにあらず

あけまして、おめでとうございます。

さっき、快晴の空を、糸の切れた凧が空を舞い、彼方に消えて行きました。
人の手から離れた彼は、コントロールを失い、どこに行くかも分からず彷徨い、いずれどこかに落っこちるのかな、と思いかけて、いや、彼は、誰かのコントロールから解き放たれ、風の波にのまれつつも、繋がれたままでは行けなかった真っ青な高みまで舞い切る、そういう姿を見たのだと、思い直しました。
物事は、いつも相対的なものですよね。
よい面もあるし、悪い面もある。
物事は、ただ「ある」だけで、それをどう捉えるかは、人次第。
負の遺産に鬱屈してダークサイドに落ちるのか、正の資産に光を見出してフォースとともに行動に移すのか。
老いと捉えるのか、味と捉えるのか。
未熟と捉えるのか、可能性と捉えるのか。
停滞と捉えるのか、何かが間違っていて考え直す時期と捉えるのか。
挫折と捉えるのか、人に優しくなれる深みを身につけるための経験をしたと捉えるのか。

で、ダークサイドに目がいっているときは、たいてい、目線が「自分のため」だけになっている気がします。
そういうときこそ、誰かのため、って視点と行動が結局、自分にとって「よい」をもたらす、というか。
でも、こういうのって自分が悪い面を経験しないと気づかないってのもあったりして、だから悪い面は悪い面ばかりじゃないっていうか…。

みなさま、よい年にしましょ。
May the force be with us

腹減った、晩飯くお

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2012年03月26日

昨日の追記:亡くなった後輩の嫁が、メッセージをくれた。

後輩の嫁が、昨日のエントリーを読んで、メッセージをくれた。
(また載せちゃうけどゴメンな。)

「…お葬式のことは何にも気にしないでください。○○は形式にこだわらない人です。先輩もよくご存じだと思います。きっと笑ってますよ。」

わかってる。きっと俺が死んだときもそう思うだろうから。
でも、10年間喉にちょっとだけ引っかかっていた小骨が、すっきり流れる思いがした。
泣けた。ありがとう。(外だったから、人から隠れるのがたいへんだった。笑)

旦那に負けず、素晴らしい女性だ。

そして、このメッセージには、どこにも過去形がなかった。
あいつは、俺以外にも、色んな人の尻を今も蹴っ飛ばしているのだろう。

posted by nao at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月25日

今日はとてもいい日だった。またアイツに、尻を思いっきり蹴られたのだ。

僕は、日記のように自分の行動を書き残すことが、あまり好きではない。
そんなことに誰が興味を持つのだろう?
僕が何か食ってクソして寝た、なんて情報が、誰かの刺激になるのか?
それはタレントさんの仕事だろう。
だから、このブログも、facebookもtwitterも、自分の行動を書くような日記にはしていない。
自分がふと思ったこと、考えたことを、仕事に支障のない範囲内で晒す、そういうスタンスだ。
(最近、ブログのほうはあまり真面目に書けていないけど。)

でも、今日は日記を書きたくなった。
なぜなら、今日はとてもいい日だったからだ。
続きを読む
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2012年02月25日

本当にやりたいことはどう判断すればいい?

自分の本当にやりたいことは、

もし他人に先にやられたらすっげー悔しいと思うこと。


posted by nao at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コップに半分入った水をどう見る?

「コップに半分水が入っている状態を、もう半分しか入ってないととるタイプか、まだ半分残ってるととるタイプか」って話がある。

どっちがいいって話じゃなくて、両方、それが活きる分野に必要。

だけど僕は、真上から見ると満杯に見えんじゃね!?とか、満杯にする方法あみだそうぜ!とか、上半分切ったら満杯じゃん!みたいに考えたいのだ。



そういうタイプの人と何かしたいって方は、ぜひご一報を!
(新卒採用ではなく、あくまでパートナーかお客さまで。)
https://naohiro-muta.dreama.jp/5/1/

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2012年01月05日

図らずもFinancial Times紙に顔バレで掲載されるという事件発生

全然知らなかったのですが、年末の英国FTに僕の写真が載せられていたようです。
先日、スリランカ・インベストメント・セミナーに出席したのですが、向こうのファンドマネジャーと話をしているときに、いつの間にか盗撮されたようです。笑
http://www.ft.lk/wp-content/uploads/2011/12/DFT-10-11.jpg
左段4段目。
ワロスwww

posted by nao at 20:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

毎日、明けましておめでとう

元日ももうすぐ終わろうとしている。
こうやって新年をお祝いしているのは人間ぐらいのもんだ。

人間以外にとっちゃ、新年なんて概念は無い。
地球はただ回転を続け、今日も陽が昇って起きて何か食ってクソして日が暮れて子作りして寝る、という一日が過ぎるだけ。
本来、生きるとはそういうこと。

逆に言えば、人間だけが区切りをつけたがる。
なんで区切りをつけたがるかといえば、ケツを決めるため、そして立ち止まって何かを考えるため。
そうすることで、本来連続的で惰性に陥りがちな生に、あえて非連続な杭を打ち込んで、生産性をあげようとする。
期限を決めることで生産性を上げようとし、立ち止まって景色を見直し計を図って将来の生産性を上げようとする。
こういうことを意識してやろうというのが、人間ならでは、とも言える。

なら、さ、これもっと頻繁にやればいいんじゃないの?
極端な話、毎日やれたらいいんじゃないか?
毎日、非連続な杭を打ち込むんだ。
毎日、明けましておめでとう。
毎日、今日を区切りとし、毎日、将来の生産性を上げる計をなす。
連続的な生を信じてただ惰性で毎日を過ごすより、随分違った生を送れるかも知れないね。

ただ、杭を打つ日常に慣れるという逆説を起こす危険にはご用心。
意図せずしてラットレースに載せられる日常も避けたいが、自分で考えているようでいて同じところをぐるぐる回ってるだけのハムスター化も避けたいところ。
答えは、きちんと前進しているかを確認すればよろし。

って、なんだかくだらないことごちゃごちゃ書いちゃったけど、
そもそも明けると何がおめでたいんだっけ?
新しい年を迎えられて感謝ってこと?
なら、新しい日を迎えられて毎日感謝ってことでオケ?

というわけで、
皆さま、今日も明けましておめでとうございます。

posted by nao at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

いつも窓は一瞬だけ開かれる。

その一瞬に入り込めた人に褒美が与​えられる。

大抵は先に入った者が多くの褒美を得られるが、

既に多​くを持てる者は、褒美も多く得られる。

窓が閉まりかける頃、人々​は殺到するが、もう褒美は残されていない。

その後も人々は殺到するが、窓がもう閉じられていることに気がつかない。


そしてまた新たな窓が​ほんの一瞬だけ開かれる。

人々の気付かないところで。

posted by nao at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

東日本同時多発御霊会(ごりょうえ)とかどうだろう?

ホントはもっと前に思いついて書こうと思ったのだが、さすがにちょっと早いかなと思って保留していたネタ。

今日で3カ月。

5重苦って呼んだ人もいるね。
地震、津波、原発、風評被害、あと何だっけ?
昔の日本だったら、元号を変えて、都を移して、祈祷して、祟りを鎮める祭りを新設してるところ。続きを読む
posted by nao at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

デジタルハリウッド大学の講師に就任しました。

2011年度の上期、デジタルハリウッド大学で講義をすることになりました。
「コーポレート・コミュニケーション」という授業です。

企業価値の考え方を軸にして、企業がいかに、投資家を始めとした利害関係者に自社のことを表現し、伝えていけばいいか、あるいは、そうした利害関係者からのフィードバックをいかに生かしていくか、といった内容を講義します。

デジタルハリウッド大学は、将来のクリエイター候補が集まる大学です。
クリエイターといえども、ビジネスのことを分かっている必要があるので、ビジネス関連の講座が設けられています。

学生さんたちの、覚醒についながれば、幸いです!
アムロがニュータイプに覚醒する感じ?

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2011年04月20日

震災からもう一カ月と10日

いまだ余震が続く中、避難所生活に難儀されている方々、その生活を支える地元のリーダーや医療スタッフ、ボランティアの方々、がれきの撤去や不明者の捜索に当たられている方々、故郷を離れざるを得なくなった方々、原発をなんとか食い止めようと頑張ってくれている方々、それから、なにより無念の中で亡くなられた数多くの方々。

それは自分の隣で起こっているまぎれもない現実。

直接の被害地以外は、そろそろ日常を取り戻し、やや関心が薄れつつあるのかもしれない。
余震が一瞬、日常の裏に隠れつつある現実に脳みそを引き戻すが、それも一瞬。
いや、それが悪いということでもなく、むしろ前を向いて歩くことが、経済を動かすことであり、必要なこと。

ただ、無視してはならない現実も隣に横たわっているわけで。

この1ヶ月ちょっと、自分なりに情報提供をしいくつかの寄付をしチャリティーに参加し、被害にあったクライアントさんへ出来る限りのサポートをしてきたが、もう少し自分だからこそ出来ることがあるんではないか、と感じる日々。
それは、本業をがんばること、でもあるが、自分ができることを生かして、復興につながるような何かができないかな、と考えている。

震災により被害を受けられました皆様に、謹んでお見舞い申し上げます。
タグ:地震 震災
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2010年04月28日

旅に付き合わされていたのはどっちだったのだろう

そうですか。そういう結末ですか。
高城‘ハイパー’剛さんと沢尻エリカ様でございます。


何かに挫折したり、自分を見失ったり、
そういうときには、
今の環境から離れて、
全く違う土地に行って、
全く違う環境に身を置いて、
色々考えてみたくなるんだよ。
(実際は何も考えないんだけど。)

うんうん、わかる、そういう時期あるよな。
そうそう、俺も22のとき、インドを3週間フラフラしたよ。

伝家の宝刀、「自分探しの旅」

「別に」発言から、周りにつまはじきにされて、挫折して。
いやあれは、単なるきっかけに過ぎなくて、
もっと前から自分に迷い、道を失い、色々苦しかったんだろうな。

だいたい、20代なんて、ちょうど、自分探し症候群にかかるんだよ。
「私はこの道に合っていない」「本当の私って?私らしさって?」

もういやだ。
ここから離れたい。


そんなときに、白馬のおじさまが現れて、

僕が君を救ってあげるよ、
僕が君をそこから連れ出してあげるよ、
僕と一緒に世界を旅しようよ、
ユー、来ちゃいなよ。

なんて救いの手を差し伸べたもんだから、
神の思し召し、運命の人、
私を救い出してくれる白馬の(実際は色黒の)おじさま、
と思っちゃったんだな。

よくあるんだわ、仕事に迷って出口を別に求める時期。
出口は大抵、問題そのものにしかないのだけど。

華麗なる旅人。
ハイパーさんは根っからの放浪者。
世間的には、連れ回されていたのは、
沢尻さんのほうに見えたかもしれない。

しかし実際は、「自分探しの旅」に付き合わされていたのは、
ハイパーさんのほうだったわけだ。

自分探し、ってのは、ある種の熱病と言うかなんというか。
その時期が過ぎるか、あるいは自分を取り戻しちゃった暁には、
旅が終わるのは必然。

で、そうなるともう、白馬のおじさまは単なるおじさまになり。
自分探しの旅にはうってつけだったパートナーは、
新しい人生のパートナーとはなりえず、

終了。

彼は、高城剛という男は、かっこつけなんだよね。
自分でハイパー・メディア・クリエイターとか名乗って、時代の先端を行く生き方を実践して。
僕なんか、単純に、他のやつができないことやって、たいした人だ、なんて思うわけ。
愛すべきかっこつけ。

そのかっこつけが、なりふり構わず、公に、妻に戻ってきてくれ、とせがむ。
かっこつけが、冷静になれないぐらい、周りも見えなくなるほど、せっぱつまって。
でも、それでも、いや、それだからこそ余計、

ポイ。

会ってさえもくれない。

せつないよ、僕は。
我がことのようにせつないよ。
今日の僕の心は、東京にふりしきる雨模様だよ。
彼の心は、きっと、寒いまま梅雨に突っ込んでしまいそうな、
異常気象で、ぐちゃぐちゃのはずだよ。

いや、沢尻さんも苦しんだんだと思うよ。
単なるおじさんになり下がった、エキセントリックなおじさんと、
一緒にいなければならなかったんだから。
物事には、人間には、
周りから見えない、色々なことがあるもんだよ。
沢尻さんもきっと苦しかったんだよ。

でもね、でもね。

彼は、
華麗なるハイパーな旅人から、
やんちゃ娘にこっぴどく捨てられたおじさん、
という具合に、
世間の脳内Viewerが切り替わり、
語り継がれてしまうんだよ。

一度でも愛した人に、
そんなこっぴどい仕打ちをするなんて。

私ごとだけど、
沢尻さんは、
沢尻さんのバディは、
華麗とは言い切れない、でもそれだからこそフェロモン満載のバディは、
僕に昔の恋人を思い出させるんだよ。
だから、よけいに切なくて、苦しくて、
ハイパーさんの心に、微妙にシンクロしちゃうんだよ。
やめてあげてよ、エリカ様。
もっとうまくやってあげてよ、エリカ様。
自己責任とか切り捨てないでよ、世間様。

だから、いつの日か、いつの日か、
彼の心が、
スペインの、あの日のスペインの、
燦々と降り注ぐ太陽のように、
晴れる日が来るといいな、と
願わずにはいられないのだ。


教訓:娘っ子の「自分探しの旅」には、絶対に付き合ってはいけない。


久々のエントリがこれかよ!という方々、
返す言葉もございません。かしこ。
posted by nao at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

アバターに見る3Dの課題と未来像

先日、話題の「アバター」を観てきました。
どうせなら3Dが存分に体感できるようにと、わざわざ川崎のIMAXへ予約入れて。

話の内容は、ナウシカとガンダムにスターウォーズで味付けして割ったようなストーリー。
面白くないという意味ではないですよ、面白いです、でも斬新さという意味では、ストーリーよりもやはり映像。

2Dでも上映しているようですが、あれは3Dで観るべきですね。
普通の3Dバージョンを観ていないので、IMAXの3Dじゃなきゃいけないのかはわかりませんが。

今までの子ども騙しのような3Dとはひと味もふた味も違います。
小学生のころ恐竜少年だった僕は、ジュラシック・パークが登場したとき、その映像に度肝を抜かれ身震いするほど感動したことを覚えています。
タイタニックの沈没シーンなんか、ある意味ストーリーそっちのけで見イッてしまいました。

アバターは、映像というものをもう一段違う段階に押し上げるメルクマールとなりそうです。

ただ一方で、「3Dっぽさ」は依然大きく残っています。
要するに、目の焦点が映像の焦点と合わないこともあり、観ると疲れるのです。

人間の目は、ちょっと意識すれば分かると思いますが、見ている対象物に焦点を合わせ、周りはぼやけます。
見る対象が移るごとに、焦点の合う対象が変わり、ぼやける周りも変わるわけです。

3Dは、今のところ、映像側が強制的に焦点を合わせる対象を選んでいるようです。
なので、映像制作側の意図通りの対象物を見れば、目のピントと映像のピントがピタリと合って、それはそれは素晴らしい臨場感を味わえます。
文字通り、その場に臨んでいる感覚にゾクっとします。

しかし、観る側が勝手に、映像上のピントのずれた部分を見ると、映像側と観客の目の焦点にミスマッチを起こしてしまうようです。少なくとも、僕にはそう見えました。
そうなると、目では焦点が合っている箇所がぼけてみえ、逆に目でぼかしたい箇所が映像上は一番クリアな部分になる。

だから、疲れるし、人によっては若干頭痛のような症状も出ちゃうのではないかと。
字幕を見ると余計そうなる。

3D製作に詳しい方、これ正しいですか?
ジェームズ・キャメロンさん、これで合ってます?


もしそうだとしたら、現状では不自然さは拭いきれないし、2時間が限度。
3Dテレビも、あくまでオプションとして映像を切り替えられる、という範囲を出ないでしょう。

逆に言えば、この課題をクリアすると…

つまり、観客一人ひとり見る視点が違うので、観客それぞれ、見た部分に瞬時に焦点が合うような3D、というのが一つの方向性なのかな、と。
例えば、3Dメガネ側にセンサーが搭載され、視線に応じて焦点が合う部分が変化する、という3D。
そうすると、観客の目の焦点と映像側の焦点がミスマッチを起こさず、観客一人ひとりがそれぞれの視点に合った立体画像を観られる。
そうすると、あの、刹那の、ドクっとくる「その場感」が、観ている間じゅう続くという、とてつもなくエクスタシーな世界が繰り広げられるのではないかと思います。

またいつもの妄想癖が出てしまいましたが、3D製作者はそんな世界を目指すことになるのかなぁなんて、アバターを観て思ったのでした。

PS.目の焦点と映像側の焦点の話、もし間違っているようでしたら、コメント欄にでもご指摘くださいませ。m(_ _)m
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2010年01月25日

巻き込みんぐ(フジコ・ヘミングではありません)

明け過ぎまして、ごめんなさい。
今年もヨロヨロblogをヨロしくお願いします。(寒風

ツイッター界隈に浮気をしていたのですが、ぶつ切りだと、outputで腑に落ちるという効果が薄いということに気がついたので、ブログでロジカルにストーリーに組み立てるという作業がやはり必要と自覚しました。

世界は分けてもわからない」ですね、福岡伸一センセ。

もちろん、つぶやきもしますので、右列一番上もしくは、
http://twitter.com/naohiromuta
をご参照。


さて、去年最初のエントリを見ると、「Back to my childhood」と書いています。
だいたい、こういうことを書くと、反対になると相場は決まっておりまして。
去年は、子どもになって純粋に推進しようとして、逆に、大人から賛同を得られない、ということでやや苦労した1年でした。
何事もバランスかもしれませんね。
プライベートは…書くの止そう。
子どもになりきれない子どもなのです。自分自身にとってタチ悪い。

というわけで、マーフィーの法則にひっからないように、今年は何も謳いません。
「巻き込む1年」とだけ、メモっておきます。
決して謳ってはいないですよ、マーフィーさん。
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2009年12月29日

築和党結党会

いやはや、Twitter界隈で油を売りすぎて、すっかりブログが疎かになってしまいましたが、皆さんお元気ですか、そうですか。

そのTwitterの住人のごく一部が昨日集まりました。
ちくわとシャンパーニュの会。
発起は最近何かと話題の田村耕太郎議員、協力はレオスの藤野さん、仕切りは相良さん

鳥取出身の田村さんが、地元の名産であるちくわがシャンパンに合う、という呟きからあれよあれよと築和党が結成され。

田村議員曰く、キャビアもフォアグラもトリュフも、ストーリーに値段が付いてる、と。
そらそうだ。
冷静に考えたら、単なる魚の卵、脂肪肝、変なにおいのキノコに、あれだけの値段が付いているのは、ストーリーでブランドづくりされて過剰な需要が形成されているから。

ちくわもシャンパンと合わなくはないのだから、ストーリーさえ作ってあげれば、外国人の喜ぶ食べ物になる、と。

こういう感性、好きだな〜。

僕も宮崎の田舎者なんで、地方活性化には非常に関心が高い。
いいヒントになりました。

田村議員、僕の周りで話にはよく聞く人でしたが、会ったのは初めて。
何に驚いたって、胸板アツっ!ってことでした。
話のうまい楽しい人で、実にストレートに日本をよくしたい、日本を世界に売り込みたいという想いを持っていらっしゃる。
ぜひ頑張ってほしいです。応援しています。
議員に似合わない派手なファッションも、嫌いじゃないです。
僕もよく似た批判を受けます。(笑)

しかし、Twitterでちくわとシャンパンのパーティーやろうぜ、って話が流れたのがきっかけなのに、蓋を開けたらレオスのオフィスに70人近く集結!
すごいね、このパワー。
Twitter上の人たち何人かと挨拶させてもらいました。

なんとなんと、レオスはある意味ライバルなのに(ま、お仲間なんですが(笑))、コモンズ投信の宣伝もさせてもらって、藤野さん、相良さんには感謝感謝。懐広いなー。あたしゃレオスのファンになっちまいましたよ。
様子はUstreamでダダ漏れ。HYamaguchiさん撮影。
3:30あたりで牟田登場。
モレ、客観的に見て貫禄足りな過グル…。
酒も飲んでるから余計ちゃらけた若者みてーだ。
大概実年齢より5歳は若く見られるんだが、こりゃひどい。プライベートではよしとしても、仕事ではマイナスかなー。



クイズで小飼弾さんの「小飼弾の 「仕組み」進化論」をゲット。
なんとリアル弾さんも来ていて、サインをくれるってんで、ありがたくいただいてきました。
弾さん、ありがとうございます。
僕の会いたい人リスト上位にあった人で、お話させてもらいました。
藤野さんとも初対面だったんですね、結構意外。
渋澤健さんの新書を献本させてもらおうかと思ったのですが、周りの「知らない人に送るのか!?」との反対で断念。(Why!?!?)
ブログを前から拝見していて、新しい金融の在り方など、弾さんも色々ご意見持ってらっしゃるようなので、色々話をさせていただきたいなぁと思っていましたので、今度またよろしくお願いします。

肝心のちくわ。結構シャンパンに合います。
田村さんによると、オリーブオイルと岩塩につけて食うのがいい、ということで試しましたが、まあ普通でも充分いけます(笑)。
皆さんお試しあれ。

ああ、ちなみに、牟田のTwitterはコチラなんで、どうぞよろしく。
このブログの右列一番上にくだらないつぶやき出ています。
posted by nao at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする