マサイ族は携帯電話を片手にサバンナを走り回っている。
(保護区指定で、最近はライオンとの格闘はあまりないようだが)
本著は、アメリカのベンチャーキャピタルで働いていたバングラディシュ出身のイクバル・ガディーアが「つながることは生産性だ」との考えのもと、祖国に携帯電話を普及させるべく奮闘する物語。
アイデアのひらめきや企画、そして周囲を巻き込み、幾度もの苦難を乗り越え…という事業の立ち上げによくある奮闘記だが、そのインパクトは強烈で、国をも変えつつある。援助では解決できなかった問題を、ビジネスが解決しつつある(なぜ援助では結果が出ないのか、その辺りは「エコノミスト 南の貧困と闘う
本著にも、「未来をつくる資本主義」とは違った面から、BOP向けビジネスがなぜ儲かるのかという本質が描かれている。
それは、「資本の希少な地域では、資本(設備)のリターンが大きい」ということだ。
これも明快でパワフルな本質。
(マッキンゼーのリサーチによると、アナリストは途上国向けビジネスについて、リスクを過大に想定しがちらしい)。
経済成長は、労働力と資本(設備)とそれ以外(技術進歩など全要素生産性)で規定される。こうした地域には、労働力はあるのだ。ならば、競争の少ない分野で、政府に邪魔されずに、資本(設備)を導入して、膨大な(そして隠れた)ニーズに答えることができれば、資本のリターンは自ずと大きくなる。
これは、経済学の基本の基本、収穫逓減の話だ。
資本がすでに豊富にある地域や分野で、資本を追加的に投入しても、得られる追加的リターンは小さい。逆に、資本のない地域で、資本をうまく投入できれば、得られる追加的リターンは大きくなる可能性が高い。
戦後日本の復興の本質も、ここにあったはずだ。
もちろん、資本を「うまく」投入するというのがミソ。資本(設備)の追加的な導入と簡単に言っても、そこには様々な条件は必要だ。
その設備が使う側の不便を劇的に改善すること、そして関わるステークホルダーが皆、恩恵を受けること、政府の汚職などトップダウン式援助にありがちな問題を回避すること、などだ。(政府にも、金銭の直接の授受でない形、すなわち経済成長や政治リスクの低下という形で、恩恵が得られると説得できればスムーズなのだが)
グラミンフォンが成功したのは、これらの条件を満たしたからだ。需要者は、それまで何時間もかけて人に会いに行っていたり、情報がないことで適正価格が分からず搾取されていたり、といった時間とコストを大幅に節約できるようになった。仲介者たるフォン・レディーは、グラミン銀行からの借入で携帯の事業所を営むことで、経済的な自立を勝ち取った。周辺ビジネスも生まれた。携帯供給者は、新たな市場を開拓した。ノルウェーのテレノール、グラミン銀行、ソロスなどその他の出資者は、リターンを享受できた。
こうした条件を満たすことが必要ではあるが、このビジネスモデルは応用可能だ。
設備がその地域に受け入れられるかは非常に大きなハードルだが、それは意外にも「価格」が問題であることは少ない。
僕は5年ほど前に中国にリサーチ旅行に行ったとき、なぜ中国で月収の数倍もする携帯を皆が皆持っているのか、不思議に思ったものだ。しかし、彼らは携帯がない時には、それ以上のコストを様々な形で支払っていたのだ。そして、携帯を得ることで、それまで得られなかったリターンを得ていたのだ。
BOPのニーズを満たすとは、そういうことなのだ。
価格が高いから売れない、というのは先入観以外の何物でもない。
むしろ、使いやすく、劇的に便利で、不満を解消し、そして文化を侵害しない、そういうことのほうが大事だ。
イクバル・カディーアは、企画者にありがちな話だが、その働きに十分見合うリターンをしばらく得られなかった。(株式を売却するまでは)
では彼は、それにめげたか?
否、今度は、バングラディシュに電気を供給しようと奮闘中だ。
そして彼の弟は、無線ブロードバンドによるモバイル・コマースをバングラディシュに導入しようと画策中だ。
2匹でも3匹でも、どじょうをGETしてほしい。



