2008年04月26日

なるほど、なかなかいい定義だ、だが‥

(ちょっと書き換えました。)
404 Blog Not Found:
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それでは、愛って何だろう?

哲学的かつこそばゆい疑問であるが、この設問に対し、最近やっと言語化に成功したのでここで披露することにする。
愛 = 未知なるものへの好意 Love = Favor to the Unknown
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一瞬納得しかけたが、しかし・・


僕の友人の話(笑)。

彼はある女性に夢中になった。

あるとき彼は気づいた。
その女性は彼に似ていた。
似ているが故に、いろんなことに共感できたようだ。

しかし、あまりに似ているが故に、
そのうち彼は彼女の反応が読めるようになった。
彼は、次第に刺激が得られなくなっていった。

そして、悲しいことに、ネガティブな部分も似ていた。
人は、そのネガティブな部分を、楽観や強がりでフォローするのだと思うが、そのフォローまで透けて見えたのだ。
彼は、自分自身を見せつけられているようで、いたたまれなくなった。
そこを含めて愛するというには、似すぎていた。
彼が子どもだっただけかもしれない。

彼女のほうはというと、似て非なる部分に目を向けた。
彼はあえて似ていない部分をデフォルメしたかったのかもしれない。
そして彼女は、彼のことがわからないと嘆くようになった。

二人は別れるしかなくなった。



Unknownな部分があることは重要だ。
だから、惰性になっちまったら、たまにはUnknownな部分を見せることも大切なんだ。
(その努力さえしなくなったら重症だ)

だけど、Unknownなところばかりでは、好意さえ生まれないのだ。
興味は湧くとは思うが、共感する安心感は醸成できないのだ。


月並みだが、Unknownとknownのバランスが大切なんだと思う。
月並みで何が悪い。Loveは月並みなものだろう。
だからこそ、生きとし生けるもの皆、はまっちゃうんだよ。

小飼氏の定義では、好意が前提になっている。これは定義だ、と言われればそれまでだが、むしろ、そもそもなぜ「好意をもってしまうのか?」、こっちのほうに答えて欲しいです、ダンコーガイ。


コメント欄の「結果を出せない奴」さんによる、
「惰性は穏やかな愛だ。愛していないものに対して、惰性など続かない。
 惰性が続いていることに感謝なさい。ただしその相手には、 自分が相手との関係を続けていられるのは“穏やかな愛”のためだと主張することを忘れないように。」
Posted by 結果を出せない奴 at 2008年04月14日 22:06

こっちのほうが、定義ではないが核心に近い気がする。


なんて色々コッパズカシイこと書いてみたが、所詮、intuitionなんだってば、理由なんて無意味なんだってば。(pity is akin to love



PS.小飼氏の当エントリー、愛されコンサルタントの書評エントリーであるが、愛してオーラも度が過ぎると逆効果だという教訓を、著者が実践で教えてくださっていて、涙を禁じえない。そもそも、「愛」をお手軽に使っているようでどうも僕には「愛」せません、そういう僕は鎧と違って中身はいまだ純朴な田舎者。ツッコミはなしで。
posted by nao at 14:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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