2008年03月03日

ここが変だよ、牧野洋「不思議の国のM&A」


ここが変だよ、日本のM&A、の本。
いやこれ、笑いごとじゃない。
M&Aでおかしな歪みがあることは、日本経済にとって非常にまずい。
日本経済へのファイナンスがまともにされないってことなので。
例えば、日本では買収価格が曖昧なのに買収だけが決まることがあるが、普通の買い物ではありえない。
買い物をするかどうか、金を出す人はまだ決めていないのに、おつかいを頼まれた人が値段も聞かずに買い物しちゃったようなもの。
どれだけ株主を軽視しているんだ。
個人的に一番はっとしたのは、日本ではスピンオフの際に資産の保有形態が変わらないのに課税される、という点。買収と両輪のスピンオフだが、制度的にはこちらのほうが、まずい状況になっている。

ただ、この本、ジャーナリスティックで非常にいい本なのだが、いくつか疑問点もある。
いくつか書評を読んだが(池田信夫blog:不思議の国のM&Aisologue:書評:「不思議の国のM&A」)、あまり指摘されていないようので、以下列挙したいと思う。僕の勘違いの場合は、皆さんぜひツッコミをお願いします。


●シナジー無視すれば30兆+4兆=34兆? P18
喩え話として、ファイザーが武田を買収する例が出てくる。その数値例で、シナジー効果を無視して考えるとファイザーの時価総額30兆円+武田の時価総額4兆円で、買収後の時価総額は34兆円になる、としている。
しかし、シナジーを無視したとしても残念ながら話はそう単純ではない。
買収資金の調達をどうするかで、全く結果は変わる。
内部留保した自己資金を使う場合、別の資産を売って買収資金を作る場合、株式交換用に新たにエクイティーファイナンスする場合、借入で調達する場合、それぞれで企業価値に与えるインパクトは異なる。


●ディスカウントTOBは常におかしいか? p207
TOB価格は一般的に、市場価格に対してプレミアムが付く。経営権の獲得という価値を得る分、プレミアムが付くということだ。なので、本著では、ディスカウントTOBは理にかなわない、という論調だが、そうとも言い切れない場合がある。主要な株主がディスカウントしてでも経営権を手放したいときだ。
大量保有しているため、市場で売ってしまうと、株価が下落してしまう場合、ディスカウントしたTOB価格の方が、市場価格で売るよりも値段が高いということは可能性としてありえる。本著の例では、コマツが6割以上を持つコマツ電子の株式を、ディスカウントでSUMCOに売却した例が批判的に書かれているが、もしもコマツがコマツ電子を保有し続けることで、企業価値を破壊すると判断したならば、コマツ電子株を手放したいだろう。その際に、6割保有のコマツが売ったら、その売値が、SUMCOの提示したディスカウントTOB価格に届かない、と判断したならば、ディスカウントとはいえTOBに応じた判断は合理的だと言うことになる。
経営権には無条件にプレミアムが付く、と考えるのは疑問。


●子会社株式の値上がりは親会社の利益で親会社株主の利益ではない? P264
NTTが、NTTデータやドコモの事業をスピンオフ&株式割当ではなく、NTTグループとして子会社の上場をしたことで、上場益に課税されてしまった例が出てくる。
が、ここで、本著は間違いを犯している。P264「親会社が引き続き保有している株については値上がりすれば親会社の利益になる。しかし、親会社が法人として得る利益であって、親会社の株主が直接的に受け取る利益ではない。」と書いてあるが、これは意味不明。
「親会社が法人として得る利益」とは何ぞや?親会社が得た利益は当然、親会社の株主の利益である。本質的な問題点は、課税でキャッシュアウトしたために株主価値を毀損したことであって、子会社株の上昇は親会社の株主の利益以外のなにものでもない。



以下、大変参考になった点を備忘としてメモ。

●スピンオフではなく子会社上場することのの弊害 〜AT&TとNTTの比較

1984年 元AT&T:600億ドル

2005年1月末 元AT&T合計で2600億ドル
(AT&T:160億円、ベライゾン:990億円、SBC:820億円、ベルサウス:480億円、ルーセント:140億円、NCR:70億円)

1984年時点、元AT&T分割時に、株主はベビーベル7社の新株を割り当てられていた。スピンオフにともなう取引は、「無税」(これが肝!)。
そのため分割時に割り当てられた株をそのまま保有し続ければ、単純に考えれば4倍以上に値上がりしていたことになる。


1987年 元NTT:19兆円

2005年1月末 元NTT:17兆円
(NTT 6.7兆円、NTTドコモ:8.9兆円、NTTデータ:1兆円、NT都市開発:3000億円)

1987年の第1次売り出し時点から保有している株主は、19兆円が6.7兆円になっている。スピンオフで新株の割り当てをせず、子会社上場をしたため。上場時点の売却益に課税。これは株主価値の毀損。



●スピンオフが日本では使えない
ではスピンオフがOKか、といえば、日本の場合、税制が大きな障害になっている。
スピンオフは、スピンオフ後の企業の株を株主が直接保有することになるだけで、富の保有という意味では実質的に変化はない。にもかかわらず、日本では課税されてしまうので、M&Aの対極としてのスピンオフは全く使えないものになっている。

例1 BTによる携帯電話部門mmO2のスピンオフ時の問題
海外市場でBT株を購入した人は無税。しかし、日本市場で購入していた人は、新しいmmO2株を旧BT株と交換する形で割り当てられ、配当として新BT株を割り当てられた。この新BT株部分がみなし配当として課税された。
日本で無税になるのは「適格分割」(分割後も同じグループとして経営されているような分割)。スピンオフのように資本関係を断ち切る場合は課税されてしまう。

例2 中外製薬によるジェン・プローブのスピンオフ時の問題
中外がロシュ傘下に入る際に、独禁法の関係でジェン・プローブをスピンオフするため、中外の株主へジェン・プローブ株を無償割り当て、米ナスダックへ上場させた。中外はジェン・プローブを売却したとみなされ、みなし譲渡益に対して法人税を払わされ、かつ、無償交付された株主は、みなし配当として課税された。

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