2012年04月13日

織田信長と武田信玄の違いにみる「選択と集中」の本質

「選択と集中」はよく、事業ドメインを絞って勝負すること、のように思われがちだが、それは本質を外している。

絞った事業分野のマーケットがぽしゃったらどうするの?

そもそも、何のために「選択と集中」をするのか?
それは、経営リソースが限られているから、に他ならない。
限られた経営リソースを、無駄遣いせずに効果的に活用するため。

別に経営リソースを有効に無駄づかいなく活用することができるならば、事業ドメインを一つに絞る必要なんてない。
一番いいのは、その企業の情熱と強みにフォーカスしつつ、一方で、ユーザーや用途は分散されていた方がいい。
事業ドメインを一つに絞る、ということが「選択と集中」の本質ではない。

ソフトバンクの孫正義氏に関する本を読んでいて出てきたエピソード。
孫さんとは直接関係ないのだが、それは織田信長と武田信玄の戦い方の違いについてだった。

武田信玄は、甲斐の国から360度に戦いをしている。彼の目的は、自分の領土を守り、拡大することだった。そのため、四方の敵全部と戦っている。また、それだけの戦いが出来るだけの戦力が、武田軍にはあった。
一方、織田信長は、自国、尾張の国から京都までの直線にある敵としか、ほとんど戦っていない。尾張と京都の直線にない相手とは、戦いを避けて同盟を結んでいった。
違いは、彼の目的が自国の防衛・繁栄にあったのではなく、天下を取る、ということにあったから。

これこそが、「選択と集中」の本質だ。
つまり、「選択と集中」は、極めて合目的的な概念だということ。

「選択と集中」=事業を絞ること、なんて考えているとしたら、本質を見誤る。

*「選択と集中」に関する過去のエッセイ
選挙にも投資にも興味ないかたへ 選挙も投資も「美人投票」では面白くない! 2009年08月25日
「The Four Principle of Enduring Success ヨーロッパ企業の興亡に学ぶグレートカンパニーの条件」 2008年02月04日
比較優位に足りないもの2 〜アウトソースが常に正しいわけじゃない 2007年08月21日

posted by nao at 15:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 経営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
織田信長は、農本主義者ではなく、商工業が大きな富を創出できることに当時から気がついていた近代主義者でしたよね。なぜ当時そんな発想ができたのか。

江戸時代の三大改革は、すべて、発達した商工業を抑圧して農本主義の社会への回帰を目指したものだったので失敗しましたが、尾張大納言徳川宗春をのぞく当時の為政者たちにとっては、そちらのほうが自然な発想でした。織田信長の先見性には驚くばかりです。
Posted by enneagram at 2012年07月11日 06:20
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