2010年04月28日

旅に付き合わされていたのはどっちだったのだろう

そうですか。そういう結末ですか。
高城‘ハイパー’剛さんと沢尻エリカ様でございます。


何かに挫折したり、自分を見失ったり、
そういうときには、
今の環境から離れて、
全く違う土地に行って、
全く違う環境に身を置いて、
色々考えてみたくなるんだよ。
(実際は何も考えないんだけど。)

うんうん、わかる、そういう時期あるよな。
そうそう、俺も22のとき、インドを3週間フラフラしたよ。

伝家の宝刀、「自分探しの旅」

「別に」発言から、周りにつまはじきにされて、挫折して。
いやあれは、単なるきっかけに過ぎなくて、
もっと前から自分に迷い、道を失い、色々苦しかったんだろうな。

だいたい、20代なんて、ちょうど、自分探し症候群にかかるんだよ。
「私はこの道に合っていない」「本当の私って?私らしさって?」

もういやだ。
ここから離れたい。


そんなときに、白馬のおじさまが現れて、

僕が君を救ってあげるよ、
僕が君をそこから連れ出してあげるよ、
僕と一緒に世界を旅しようよ、
ユー、来ちゃいなよ。

なんて救いの手を差し伸べたもんだから、
神の思し召し、運命の人、
私を救い出してくれる白馬の(実際は色黒の)おじさま、
と思っちゃったんだな。

よくあるんだわ、仕事に迷って出口を別に求める時期。
出口は大抵、問題そのものにしかないのだけど。

華麗なる旅人。
ハイパーさんは根っからの放浪者。
世間的には、連れ回されていたのは、
沢尻さんのほうに見えたかもしれない。

しかし実際は、「自分探しの旅」に付き合わされていたのは、
ハイパーさんのほうだったわけだ。

自分探し、ってのは、ある種の熱病と言うかなんというか。
その時期が過ぎるか、あるいは自分を取り戻しちゃった暁には、
旅が終わるのは必然。

で、そうなるともう、白馬のおじさまは単なるおじさまになり。
自分探しの旅にはうってつけだったパートナーは、
新しい人生のパートナーとはなりえず、

終了。

彼は、高城剛という男は、かっこつけなんだよね。
自分でハイパー・メディア・クリエイターとか名乗って、時代の先端を行く生き方を実践して。
僕なんか、単純に、他のやつができないことやって、たいした人だ、なんて思うわけ。
愛すべきかっこつけ。

そのかっこつけが、なりふり構わず、公に、妻に戻ってきてくれ、とせがむ。
かっこつけが、冷静になれないぐらい、周りも見えなくなるほど、せっぱつまって。
でも、それでも、いや、それだからこそ余計、

ポイ。

会ってさえもくれない。

せつないよ、僕は。
我がことのようにせつないよ。
今日の僕の心は、東京にふりしきる雨模様だよ。
彼の心は、きっと、寒いまま梅雨に突っ込んでしまいそうな、
異常気象で、ぐちゃぐちゃのはずだよ。

いや、沢尻さんも苦しんだんだと思うよ。
単なるおじさんになり下がった、エキセントリックなおじさんと、
一緒にいなければならなかったんだから。
物事には、人間には、
周りから見えない、色々なことがあるもんだよ。
沢尻さんもきっと苦しかったんだよ。

でもね、でもね。

彼は、
華麗なるハイパーな旅人から、
やんちゃ娘にこっぴどく捨てられたおじさん、
という具合に、
世間の脳内Viewerが切り替わり、
語り継がれてしまうんだよ。

一度でも愛した人に、
そんなこっぴどい仕打ちをするなんて。

私ごとだけど、
沢尻さんは、
沢尻さんのバディは、
華麗とは言い切れない、でもそれだからこそフェロモン満載のバディは、
僕に昔の恋人を思い出させるんだよ。
だから、よけいに切なくて、苦しくて、
ハイパーさんの心に、微妙にシンクロしちゃうんだよ。
やめてあげてよ、エリカ様。
もっとうまくやってあげてよ、エリカ様。
自己責任とか切り捨てないでよ、世間様。

だから、いつの日か、いつの日か、
彼の心が、
スペインの、あの日のスペインの、
燦々と降り注ぐ太陽のように、
晴れる日が来るといいな、と
願わずにはいられないのだ。


教訓:娘っ子の「自分探しの旅」には、絶対に付き合ってはいけない。


久々のエントリがこれかよ!という方々、
返す言葉もございません。かしこ。
posted by nao at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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