2017年01月19日

ハンディキャップがハンディキャップでなくなる日

(パラリンピックを観ていて、ふと思ったことをfbに書いたのですが、こちらにも載せときます。)

近い将来、「障がい」とか「ハンディキャップ」という概念そのものが無くなる世の中になるんだろうな。
少なくとも、身体的なものについては。

だって、今「健常者」と呼ばれている人も、遅かれ早かれ何らかの擬態をするようになるし、今「障がい者」とされている人も、健常者と変わらないか、あるいはそれを超える能力を発揮するものを手に入れるわけだ。
メカニカルなものでも、バイオ的なものでも。

で、もう少し遠い将来には、非身体的な面でも(脳とか)、ハンディキャップを克服する世界になるんだろうな。
もしハンディキャップがあるとすれば、こういうものを手に入れられる人と、そうでない人との差、ということになるんだろうね。

そして、もう少し遠い未来には、人間そのものが、ハンデを背負っているような扱いになったりしてね。

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2017年01月02日

【再掲】お正月、実家にいるなら是非やってみて欲しい超おススメのこと

去年の再掲ですが、おススメなので。

--------
「今年やることを書きだす」とかも、もちろんよいのですが・・・。
前置き抜きにして、ずばり、
「家族の歴史の話を、親や、おじいちゃん・おばあちゃんに聞く」です。

親がどう生きてきたのか、僕を姉をどう育ててくれたのか。今の自分と同じ歳ぐらい、どういう思いで生きていたのか。当然ながら、両親も子どもから大人になった時代があって。そこでは、じいちゃんばあちゃんが、若き日に親として、大変な時代ながらも楽しく育てた日々があって。
なんでそこに住んでたのか、なんでその仕事をしてたのか、おじさんおばさんはどういう人だったのか。どういう葛藤や楽しみや苦労の中で生きてきたのか。あたりまえだけど、人間臭い失敗や成功があって。

自分がなんで今こういう状況に立っているのか、自分が選択したように見えて実は、似たような性格や系譜が親や祖父母にもあって。

そして、爺ちゃん婆ちゃんが子どもの時には、やはりその時代の背景のもとに、どこに移り住んで、そこがどういう歴史の土地で、やはり曾爺ちゃん曾婆ちゃんが若き日に親として苦労しながら、僕の爺ちゃん婆ちゃんを育てていて、時代が違うから今では想像もできない「へー」って話もあって、歴史の本なんかでしか読んだことない出来事が、まさにその場にあって、、、


そういう物語、家族の歴史、単なる縦線横線の家系図とは違った動画の系譜を知ると、自分が、どういう過程を経て、今存在しているのか、を知ることになります。
と、自分の人生は自分のものだけど、でも自分のためだけでないって思いが生まれて、自分の人生を粗末にできなくなる。
同時に、自分が何を残すのか、どう未来に繋げていくのか、考え出す。
責任を自覚する、感謝を思い出す。

「ご先祖様が見てるから」ってのを、手触り感を持って感じ出す。
そういや、昔の家、じいちゃん、ばあちゃんの家に行くと、ご先祖様の写真が飾られてあったけど、なぜ飾っていたのかようやく合点がいく。
・・・


ま、あんまり僕がごたごた書かなくても、単純に、ものすごく楽しい。
なぜって、クッソおもろいノンフィクション、しかも自分が物語に登場する歴史ノンフィクション小説を、一番身近な人たちが語り部として、タダで(笑)語ってくれるんだよね。
で、登場人物が愛すべき人たちで、しかも自分の性格のよりどころになっている人たちだから、超共感する泣き笑い満載で、、、面白くないわけがない!
それまでなんとなくの字面でしかなかった世界の歴史がリアルに生き生きと眼前に踊り出し、かつ、家族の距離も縮まるし、なお愛らしい存在になり、さらにさらにこれからの自分の生き方にもきっとプラスに働く、という、一石二鳥どころか、四鳥、五鳥ぐらいの体験ができると思います。

で、これって、言わずもがな、期間限定のプレミア体験なんです。
僕の祖父祖母は、もう4人ともこの世にいません。
幸い両親はまだ健在なので、両親の祖父母(僕から見て曾お爺ちゃん曾おばあちゃん)の時代ぐらいまでは遡れますが、それでも子どもの頃の記憶は曖昧だったり、当人でないとわからないこともあったりするわけで。
だから、祖父祖母が健在なうちにもっとこの面白物語を聞いておけばよかったなと思うのです。

というわけで、まじ、おススメ。っていうか、すぐやれ。

話を聞ける人がすでにいないって方は、、、
ご自身が物語を作って、語り部になる番だってことですよ!

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2016年06月16日

エクス・マキナを観るべし

これ、人工知能に興味ある人は、もれなく、ぜひ。

最近観たなかで(といってもそんなに観ていないけどw)、抜群におもろい、っていうか個人的に好きな感じでした。

話もそうだし、あのテイストというか世界観も含めて。
もちろん映像も。
これからのことを考えるヒントにも。

いやー、これ、物理的にも感情移入という意味でも、あの場に自分が入って近未来体験しながら、ミステリーとして先を読む楽しみも味わえる、という、スグレモノだと思う。

ミニシアター系でしかやっていないのが、もったいない。

平日に行ったからかもしれないけど、人少なくて、こりゃ宣伝不足でない?
だから僕が口コミすることにします。笑

http://www.exmachina-movie.jp/


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舛添さんの件

いやー、もう決まっちゃったんで今更言っても詮無きことなんだけど。
でも書いておく。

確かに彼のカネの使い方は異様だったんだけど、
これって、歴代の面々はどうだったの?
もしある種の慣行だったんなら、全部彼のせいなの?

例えば、石原さんのときの使い方と比べて、あまりに放漫で姑息、ってんなら分かるけど、そういう話一切出てこなくて、今になってようやくちらちら出来てきた感じだよね。
これ、「出張の時は、こうなっています。」とか言われたら、9割の人は、いや使い過ぎやろと思いつつ、「ああ、そんなもんなのかな」って、乗るんじゃないの?

いや、そのまま乗ったんだか、あるいはさらに上乗せしちゃったのか俺には分からんが、ともかく他人様の汗水たらした税金で豪遊したり公私混同したりできちゃう精神性はダメなんだけどさ。
こんな税金の使い方はダメだ!と言って、改革してくれるタイプに首長やってもらいたいわけなんだけど。
ただ、ああいうのって、この出張にはこういう業者がこの値段でって、もう既得権化していて、それを全部一々ひっぺ返していくのって、相当な覚悟とパワーが要るもんだよ。
それこそ橋下さんぐらいのさ。

そういう精神を持ち合わせていなかった時点で、舛添さんはダメなんだけど、でも、ここまではもうサンクコストだよね。
当初の彼の態度とかからは、こりゃあかんな、って感じだったんだけど、ここ数日の感じからすると、これから給料返上して、反省して、厳しい目の中で真摯にやらざるを得ないはずだから、これある意味最高の公僕じゃん。
それでいいんじゃないの?
シリコンバレーで会社倒産させた人が、経営者として登用されるみたいにさ。


でも、まあこうレイムダック化したら、実務側のリスペクトが得られないかもね。
「これは無駄だから、こうカットして、その代わり…」「あんたが言うな」みたいな。
それに、「ちゃんとやんないと辞めさせられる」という先例にはなるのかな。

まあ要するに、ああいう話が出始めたって時点で、梯子はずされちゃってたんだろうね。

僕は、舛添さんを擁護したいとかいう気は無い。
まずもって都知事選時点で、ああいうタイプ(どういうタイプ?笑)には改革なんて無理と思ったので、当選しないだろうなと思いつつ意思表示のために家入さんに投票したんだよね。
だからといって、俺には責任がないというつもりはなくて、むしろ逆というか、なんで今更これを書き留めているかというと、声をあげなかった自分への反省から。

「皆冷静になろうよ。むしろ、一回失敗した人の方が、厳しい目に晒されながら、改革に邁進してくれるんじゃねーの?」と声を上げなかった反省から。
ここ数日でその流れが変えられたのかは分からんけど。

言っても無駄だし自分のやるべき事に集中しよ、って思ってたんだけど、それってある意味、公共心が足りなかったってことだよね。
公共心って言い方はくすぐったいけど、要するに「俺らの〜」って意識。

それから、ああいう使い方しても、東京の財政は屁でもないって分かったんだから、皆で、ふるさと納税をしまくるってのもいいかもね。あの制度も問題ありなんだけどさ。
それに、納税先がこれまたどう使ってくれんのかとか、把握している人少ないんじゃない?
で、都の話だけど、実際、都主催のセミナーとか行くと(俺じゃなくて知人の話)、なんだか無駄なもんタダで配ってたりすんのよ。これって随所にそういう体質があるってことだよね?
要するに、無駄なもの削って必要なもの、例えば子育て支援とかにカネ回そうっていうインセンティブは働いてないんだよ。
でもこういうのって、そこにいる人たちのせいにしたって何も建設的なことは無いのよ。仕組みを変えないと。

こういうのは、もっと声を上げるのも一つの手なんだろうな。
沈黙は美徳っていうか、黙って行動で示すってのも美しいんだけど、でも、声を上げるってのも責任の一つの果たし方なんじゃないかな、と思った次第。
あんまり行き過ぎて、赤組と黄組に分かれて公道使って騎馬戦、みたいなことになっても困るんだけど。


舛添さんは、ああなったらしばらくまともな活動はできないね。
せっかく失敗したのに、それを活かしてくれる機会を俺らが奪っちゃったわけ。

こうなったら、「しくじり先生」で洗いざらいしゃべって、俺らに失敗の経験をシェアしてもらうぐらいしか、当分活躍の場がないのかな。

posted by nao at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

お正月、実家にいるなら是非やってみて欲しい超おススメのこと

「今年やることを書きだす」とかも、もちろんよいのですが・・・。
前置き抜きにして、ずばり、
「家族の歴史の話を、親や、おじいちゃん・おばあちゃんに聞く」です。

親がどう生きてきたのか、僕を姉をどう育ててくれたのか。今の自分と同じ歳ぐらい、どういう思いで生きていたのか。当然ながら、両親も子どもから大人になった時代があって。そこでは、じいちゃんばあちゃんが、若き日に親として、大変な時代ながらも楽しく育てた日々があって。
なんでそこに住んでたのか、なんでその仕事をしてたのか、おじさんおばさんはどういう人だったのか。どういう葛藤や楽しみや苦労の中で生きてきたのか。あたりまえだけど、人間臭い失敗や成功があって。

自分がなんで今こういう状況に立っているのか、自分が選択したように見えて実は、似たような性格や系譜が親や祖父母にもあって。

そして、爺ちゃん婆ちゃんが子どもの時には、やはりその時代の背景のもとに、どこに移り住んで、そこがどういう歴史の土地で、やはり曾爺ちゃん曾婆ちゃんが若き日に親として苦労しながら、僕の爺ちゃん婆ちゃんを育てていて、時代が違うから今では想像もできない「へー」って話もあって、歴史の本なんかでしか読んだことない出来事が、まさにその場にあって、、、


そういう物語、家族の歴史、単なる縦線横線の家系図とは違った動画の系譜を知ると、自分が、どういう過程を経て、今存在しているのか、を知ることになります。
と、自分の人生は自分のものだけど、でも自分のためだけでないって思いが生まれて、自分の人生を粗末にできなくなる。
同時に、自分が何を残すのか、どう未来に繋げていくのか、考え出す。
責任を自覚する、感謝を思い出す。

「ご先祖様が見てるから」ってのを、手触り感を持って感じ出す。
そういや、昔の家、じいちゃん、ばあちゃんの家に行くと、ご先祖様の写真が飾られてあったけど、なぜ飾っていたのかようやく合点がいく。
・・・


ま、あんまり僕がごたごた書かなくても、単純に、ものすごく楽しい。
なぜって、クッソおもろいノンフィクション、しかも自分が物語に登場する歴史ノンフィクション小説を、一番身近な人たちが語り部として、タダで(笑)語ってくれるんだよね。
で、登場人物が愛すべき人たちで、しかも自分の性格のよりどころになっている人たちだから、超共感する泣き笑い満載で、、、面白くないわけがない!
それまでなんとなくの字面でしかなかった世界の歴史がリアルに生き生きと眼前に踊り出し、かつ、家族の距離も縮まるし、なお愛らしい存在になり、さらにさらにこれからの自分の生き方にもきっとプラスに働く、という、一石二鳥どころか、四鳥、五鳥ぐらいの体験ができると思います。

で、これって、言わずもがな、期間限定のプレミア体験なんです。
僕の祖父祖母は、もう4人ともこの世にいません。
幸い両親はまだ健在なので、両親の祖父母(僕から見て曾お爺ちゃん曾おばあちゃん)の時代ぐらいまでは遡れますが、それでも子どもの頃の記憶は曖昧だったり、当人でないとわからないこともあったりするわけで。
だから、祖父祖母が健在なうちにもっとこの面白物語を聞いておけばよかったなと思うのです。

というわけで、まじ、おススメ。っていうか、すぐやれ。

話を聞ける人がすでにいないって方は、、、
ご自身が物語を作って、語り部になる番だってことですよ!


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2016年01月01日

ダークサイドはダークサイドにあらず

あけまして、おめでとうございます。

さっき、快晴の空を、糸の切れた凧が空を舞い、彼方に消えて行きました。
人の手から離れた彼は、コントロールを失い、どこに行くかも分からず彷徨い、いずれどこかに落っこちるのかな、と思いかけて、いや、彼は、誰かのコントロールから解き放たれ、風の波にのまれつつも、繋がれたままでは行けなかった真っ青な高みまで舞い切る、そういう姿を見たのだと、思い直しました。
物事は、いつも相対的なものですよね。
よい面もあるし、悪い面もある。
物事は、ただ「ある」だけで、それをどう捉えるかは、人次第。
負の遺産に鬱屈してダークサイドに落ちるのか、正の資産に光を見出してフォースとともに行動に移すのか。
老いと捉えるのか、味と捉えるのか。
未熟と捉えるのか、可能性と捉えるのか。
停滞と捉えるのか、何かが間違っていて考え直す時期と捉えるのか。
挫折と捉えるのか、人に優しくなれる深みを身につけるための経験をしたと捉えるのか。

で、ダークサイドに目がいっているときは、たいてい、目線が「自分のため」だけになっている気がします。
そういうときこそ、誰かのため、って視点と行動が結局、自分にとって「よい」をもたらす、というか。
でも、こういうのって自分が悪い面を経験しないと気づかないってのもあったりして、だから悪い面は悪い面ばかりじゃないっていうか…。

みなさま、よい年にしましょ。
May the force be with us

腹減った、晩飯くお

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2013年03月08日

ロイターさんに取材を受けました。

先日、ロイターさんより、アベノミクスについての取材を受け、英字版にコメントが掲載されました。
今後の設備投資や賃金の見通しなどについてです。

ロイターさんが定期的に企業向けにアンケート調査を実施しており、その内容についてのインタビューでした。

僕の見解の詳細については、また機会を改めて書いてみたいと思いますが、とりあえず掲載記事はこちら。

「Exclusive: Tight-fisted Japan firms deal blow to Abe's revival plan - Reuters survey」

posted by nao at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済(学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フィンランドの投資雑誌「ARVOPAPERI」12月号にインタビュー記事が掲載されました。

宣伝し忘れていたのですが、年末にフィンランドの投資雑誌にインタビューを受け、年末号に記事が掲載されました。
雑誌の名前、「ARVOPAPERI」とは、「証券」という意味のフィンランド語です。

今回の特集記事は、日本のバブル崩壊後の資産運用について、研究するというものでした。
欧州債務危機もさることながら、今後高齢化社会を迎えるフィンランドも、株価の先行きに不安を抱えています。日本では、先行してバブル崩壊や高齢化社会を迎えて、「失われた20年」と呼ばれ、株価が長期にわたって低迷してきた中、どのように資産運用をしているのか、特に個人の投資家の動向はどうなっているのか、といった内容について、インタビューを受けました。
ついでに、現在のおススメ銘柄は?(11月時点)という質問で僕が挙げた銘柄は、その後きっちり40%ほど爆上げしております。もうちょっと長い目で見ればもっと上昇すると思っていますが、あえて銘柄は書きません。。笑

このインタビュー、当初雑誌に載るつもりで話したわけではありませんが、出来上がった雑誌が届いたらなぜかでかでかと写真入り!しかも、記事内容は当然フィンランド語なので、何が書かれているのか僕にもわかりません。おそるべし、フィンランド人。笑
あ、なので、僕がこんな格好でインタビュー会場に現れたわけではないことを、固く付言しておきます、はい。

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2013年01月24日

モンゴル石炭プロジェクトが…

こりゃ、モンゴルにとって結構大きなニュースですのぅ。
欧州勢中心に資源系の資金の出どころが細っていて、かつ需要先の中国がダルな感じなので、まあ想定しとったとは言え。

モンゴルの輸出先の8割以上が中国。
そして、モンゴルの2大石炭プロジェクトのタバンがこんな感じだと、もうひとつのオユ・トルゴイも推して知るべしか?
モンゴルの高成長は今これに負うところ大きいんだけど。
最大のリスク顕在化だけど、ちょい超えたところでここに投資する人は、いい目見るのかな?
日本の商社とか、勝負しどころかもねぇ。


モンゴル炭鉱開発事業、今年のIPO見送り=タバン・トルゴイCEO
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYE90N03D20130124

[ウランバートル 24日 ロイター] モンゴルのタバン・トルゴイ炭鉱開発計画をめぐり、プロジェクトを担当する国営石炭会社エルデネス・タバン・トルゴイのバッツール・ヤイチル最高経営責任者(CEO)は、同社が資金難に直面しており、今年予定されていた新規株式公開(IPO)の実施がなくなったことを明らかにした。

同CEOはロイターに「エルデネス・タバン・トルゴイは資金難に直面しており、そのためわれわれは、石炭輸送と輸出を停止した」と述べた。

同CEOはまた、モンゴルが石炭の販売価格を国際価格並みにするため、中国アルミ(チャルコ)との石炭販売契約の再交渉を模索していると述べた。

コピーライトマーク Thomson Reuters 2013 All rights reserved.

2012年12月19日

昇竜に乗せるには

備忘。

大まかに4つビジネスを創っているのだが(きれいには区切れないけれど)、そのうちの一つについて(海外モノ)、友人のfacebookのTL、実にシンプルなTLから、ヒントと刺激をもらう。少し客観的に見れば、何が出来てて何がボトルネックかは一目瞭然。ごちゃごちゃっとしたネタ群を整理して、昇竜に、もとい商流にのっけるには、コミュケーションの流れを整理すればよいのだ。んで、あとは勢いよくシュートしてみる。その後はリアクションに応じて、対応策をとっていく。

質のよいボリュームをいかに集めるか、目利き(自信あり)、結びつける発想(自信あり)、需給ギャップを創る道筋(今回はネタ+コミュニケーションの方法)、実際にシュートしてゴールまで持っていくリソース配分、シュート先の質とボリューム。

持っている資産、競争力のある引き出しを自覚する。新たな獲得も割と得意。それを使うところまで持っていく。
低リスクでライトにやるか、リソースを確保してヘビーにやるかは判断のしどころ。

答えはいつもシンプル。でも悶々と考える過程を経ないと、シンプルな答えには辿りつかない。自分で納得しながら方法を探りながら一歩一歩進めるのが僕のやり方。非効率な面もあるけど、このほうが最終的には身になるし実になる。

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2012年12月12日

選挙と投資のアナロジー

選挙、迫ってきましたね〜。
実は前回衆院選の直前に、日経ビジネスオンラインにて、一般のかた向けに、選挙と投資のアナロジーについて、コラムを書かせていただいたことがあります。最後に、政治でも投資でも新しい仕組みづくりの可能性も示させていただきました。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20090821/203111/?ST=print

内容的には、今でも使える話だと思います。
もう時効だと思いますので、一応、下記に元原稿を引用させいていただきます。

衆院選が間近ですね。「1票ぐらい違ったって・・・」なんてシニカルなことは言わないで、汗水たらした稼いだお金で払う税金の使い道に関して、ぜひ意思表示をしたいところ。

 ところで、選挙と株式投資には、双方の理解に役立つアナロジー(類比)が色々とあります。選挙は、主権者が国の舵取りをする代理人を選ぶ行為です。同じ言い方をすれば、投資は、社会にとって必要な存在である企業(≒経営陣)を選ぶ行為となります。両方とも、応援することで最終的に便益を便益を期待するわけですね。

株式市場の取引が企業の応援となる理由

 ただ、株式投資がなぜ企業への応援になるのかは、分かりづらいかもしれません。

 よく「株式を買うことがなぜ応援することになるのか? 単に株を売った人にお金が移転するだけで、お金は企業に回っていかないだろう」と主張する人がいます。経営者にもたまに、こうした認識を持っている方をお見受けします。

 確かに、株式市場の取引では企業にお金が回っていないように見えますが、本当にそうでしょうか。では、もし株式市場がなかったとしたら?

*     *     *

タイゾウ君:K泉さん、僕今度、会社辞めて、事業を立ち上げようと思うんです。

K泉さん:ほー、何をするんだい?

タイゾウ君:えーと・・・。

K泉さん:おいおい、事業するなら、具体的に何をするのか、マニフェスト、じゃなかった、経営計画が必要だよ。それを持って、応援してくれる出資者を集める。これがないと事業はできないよ。よし、僕が集票、じゃなかった、出資者を連れてきてあげよう。

(しばらく経って、K泉さんが、Cさんという出資者を紹介する)

タイゾウ君:K泉さん、ありがとうございます。K泉さんのお陰で、事業の方は順調です。僕、頑張ります!

K泉さん:いやね、タイゾウ君、出資者のCさんが「資金を引き揚げたい」って言っているんだ。なんでも、奥さんが病気らしくて、お金が必要みたいなんだ。

タイゾウ君:えー!? じゃあ、事業資金はどうするんですか!?

K泉さん:うーん、僕はもうビジネスから引退するから、後は自分で出資者を見つけてきてくれ。人生イロイロだよ。

タイゾウ君:そんなぁ・・・。

 タイゾウ君は、必死で出資者を探して駆けずり回りましたが、なかなか見つかりません。もう事業を諦めようか、と思いかけたところへ、「おう、ワシが応援しちゃる!」と、Dさんが出資に応じてくれて、事業を続けることができました。

*     *     *

 ここでCさんが出資を引き揚げたいと言った時、Cさん自身が新たな出資者を見つけてくれたら、どんなに楽だったでしょう? Cさん自身が新たな出資者を見つけてくれたら、タイゾウ君はいちいち出資者を探す手間が省け、事業に専念できたはずです。その環境を実現するのが、株式市場の役割です。

 つまり、株式を売買することは、企業にお金が行っていないように見えますが、実は企業への出資であり、応援となっているのです。投資は、まさに企業への「投票」です。選挙と違うところは、1人1票じゃないことですね。

 選挙も投資も、相手の応援を通して社会作りをし、リターンを得る行為です。では、応援に当たって、何を評価基準にすればいいのでしょうか。

 選挙では最近、マニフェスト(政権公約)が重要視されるようになりました。サブリミナル効果を狙ったような名前の連呼や、単なる有名人に頼った選挙は、国民にそっぽを向かれつつあります。マニフェストなんてお洒落な言葉が使われていますが、要するに、当選後の行動計画ですね。

 しかし、きちんと判断しないと、格好いい言葉に騙されます。単なる配分の変更に過ぎないものをあたかもパイを増やす政策であるかのように語っていたり、逆に、一見バラマキのようだけれども実は今までより社会厚生を引き上げる現時点の最善策だったり。

 美辞麗句に惑わされないように、政策の本当の効果を判断できるのが理想ですが、なかなか難しいのも事実。政策に詳しくない人でも分かるように、政策の内容やその効果を翻訳する役割が、日本にはもっと必要かもしれません。政治アナリストと名乗っている人たちは、政治の裏話ばかりでなく、こうした機能をもっと担ってもらいたいと思います。

 最近では、ボートマッチ(Vote Match)というウェブサービスもあります。各政策論点についての自分の意見をクリックしていくと、どこの政党と一番マッチするのか、どの立候補者と考えが近いのか、判定してくれるものです。オランダ発祥ですが、今では日本にもありますので、試してみてください。

 一方、株式投資でマニフェストに当たるのが、経営計画です。株価チャートの動きのみで判断するのは、世論調査の支持率で政党の優劣を決めるようなもの。情報として無視できないのはもちろんですが、応援するのなら、これだけに頼るのはいかがなものでしょう。現在では、企業の情報公開が進んでおり、ウェブサイトで経営計画の基本的な情報は入手できるようになってきています。

 では、優れた経営計画とは、どういうものでしょう?

 「経営者が語っている」「理念の再確認がされている」「具体的に描かれており、かつ、数字に落とし込まれていて後で判断できる」「達成可能である説得材料として、客観的根拠が記されている」・・・。こういったポイントが挙げられます。

 舵取り役である経営陣のメッセージは重要です。経営者のメッセージには、その会社の将来像を判断するのに重要なカギが隠されています。最近では、どういう人が経営しているのか、何をしようとしているのか、ウェブサイトに動画で閲覧できるようにしている企業も増えてきています。

 経営者の話は、分かりやすく、かつ説得力がなければなりません。投資する人たちに分かりやすく説明できない場合、たいていは社員に分かりやすく説明できていません。実行する社員に「通じていない」のに、実行が伴うはずがありません。オバマ米大統領の分かりやすさは、重要なわけですね。

「選択と集中」は常に正しいのか?

 私が「む、この経営者デキるな」と思うのは(偉そうにすみません)、需要と供給を常に考えていること、資本の管理者としての立場を自覚していること、ステークホルダー(利害関係者)のバランスを大切にする姿勢があること、時間軸を長く考えていること、リスクを頭に置いて次善策を考えていること、などが経営者のメッセージから見てとれる場合です。

 例えば、経営戦略として「選択と集中」を挙げる経営者は多いです。しかし、長い目線で見た時、「選択と集中」はある意味リスクを負うことにもなります。世の中どう転ぶか分かりません。集中した事業が実は世の中にあまり必要でなかった場合、いくらそこが強みと言ったって事業は続けられません。

 進化論では、強いものが生き残るのではなく、環境の変化に適応した種が生き残ります。コアな強みを持ちつつ、時代に合わせた適応力を見せてくれる方が、「選択と集中で頑張ります!」と言われるよりも安心感があります。

 さて、マニフェストの判断ができたとして、即投票? いえ、プランだけなら、絵に描いた餅です。実行が大事です。では実行力があるか判定するにはどうすればいいでしょうか。

 過去の実績は、重要なヒントになります。いくら格好いいプランを並べていても、過去に約束不履行が続けば、信頼度は当然下がります。企業も政治も一緒ですね。過去どういう実績を積んできたのか、過去の計画に照らしてどれだけの実現したのか。

 これは実現力がなさそうだ、と思えば、その政治家や政党には投票しない=投資先企業を見直すといった行動を取らざるを得ません。過去の実績がない? それは、ベンチャー投資に似ていますね。よくよく観察して将来性に賭ける。プランもそれだけ説得的である必要があります。ただ、企業としての過去がなくても、実行する人たちには、何かしらの実績があるはずです。

 というわけで、マニフェスト=経営計画と、実行力から将来を判断することが選挙にも投資にも必要です。こうした分析では、他人の評判に惑わされない、ということが重要でしょう。人間の認知は、「ハロー効果」に騙されやすい傾向があります。

 ハロー(halo)というのは、後光のことです。後光を背負えば悪人も善人に見える、ということですね。要するに、評判のいい企業は、問題点に気づきにくくなりがち、ということです。応援しつつも、クールな頭で冷静に判断する、という姿勢が重要ですね。

 これを個人的に実行するのは、人によってはなかなかハードな作業かもしれません。そこで、仲介の役割が重要になってくる。私たちのような投資信託の運用会社は、さしずめ、投資のボートマッチですね。前回は、「結婚紹介所のおばちゃん」でしたが。

株式ではなく、土地・住宅でリスクを取る日本人

 政治への参加率が低いと、「民意が反映されない」「税金の使い道にチェックが働かない」など、国民の便益が低下します。同じように、株式投資が少な過ぎると、事業に回るお金が脆弱になったり、投資する側のリターンが低くなったりします。

 日本は、諸外国に比べて、株式投資の比率が低くヒトケタ台です。一方で、預貯金の割合は5割と高い。この構造はほとんど変わっていません。これをもって、「日本人はリスク回避的だから」という論調が多いですが、本当でしょうか?

 確かに金融資産だけを見れば、「リスク回避的」です。しかし、個人の資産を見ると言うなら、実物資産(土地や住宅)も含めて見る必要があります。そうすると、また違った姿が見えてきます。

 結論から言うと、日本の個人は土地と住宅に総資産の7割弱を投じており、不動産でリスクを取っている構造になっています。

 米国は、不動産価格が10年で2倍になりました。にもかかわらず、10年で3割下落した日本よりも、不動産投資の比率は低いのです。欧州には、現在は日本より不動産比率が高い国もありますが、これも不動産価格が値上がりを続けた結果です。米国以上に不動産価格が上昇した国も多いのです。日本は、恒常的に不動産投資比率が高いのです。

 要するに、日本人は土地・住宅でリスクを取っているわけで、特別にリスク回避的という主張は疑わしいのです。

 とすると、日本で投資による「参加率」が上がるには、不動産投資の割合が減るか、不動産のリスクが低下するかといった必要があるかもしれませんが、“怖がり遺伝子”まで変えなくてもいいようです。中古住宅市場の発達などで、不動産の流動性リスクが下がることが必要かもしれません。あるいは、人口減少と高齢化は、住宅にかかるお金を減少させ、結果的に実物資産の比率を引き下げるかもしれません。

 しかし、もっと主体的に、いい企業に「投票」することが必要になっている気がします。それは、グローバル化の影響で、労働の対価が目減りしているからです。

労働者であり、資本家であれ

 現在の不況に突入する前、世界的に景気が良かった時でも、日本の賃金は上がっていません。これを「小泉改革」のせいにする論調が多いですが、これまた疑わしい話です。

 「グローバル化」の影響の1つは、賃金の低い人たちが大量に労働市場に参加してきたことです。交通の発達やデジタル化の影響などで、簡単に作れる製品や複製できるソフトなどは賃金の安いところで、ということです。これは、日本の労働の価格を下げる圧力となります。

 労働需給の緩和が世界的に起こっているわけです。「労働の価格破壊」です。

 グローバル化は、一方で、新興国の購買力を引き上げます。このチャンスにのれる人とそうでない人の差は、広がるでしょう。

 しかし、全体で見れば、日本の貯蓄率は低下の一途です。これは、小泉さん云々レベルの話ではない。おそらく、新興国は経済成長とともに通貨が切り上がり、賃金格差や貯蓄率低下は緩和されるでしょうが、とは言え、しばらくこの流れは止まらないでしょう。

 つまり「労働者」としての立場だけでは、相対的にじり貧かもしれません。1つの解決策は、「労働者」であると同時に「資本家」にもなること。労働の対価以外にも、いい企業に投資して対価を得る、という別のルートを持つことが、こうした流れへの対応策になるはずです。現在の自分の仕事以外にも、世界と繋がる道を作り、その対価を得るチャンスを持つ。

 これは、労働を軽視しようとか、モノ作りを軽視しよう、という話ではありません。確かに、モノ作りの精神は大切にするべきだと思います。しかし、単なるモノ作りでは、日本以外の国でもできるようになっているわけです。もっと付加価値のあるモノ作りが必要ですし、投資は素晴らしいモノ作りをしている企業を応援する道にもなることは、これまで述べてきた通りです。

 銀行預金に貯めるのもいいでしょう。それだけでなく、社会に価値を提供する活動に投資することを、もっと考えていいと思います。どこに投資すればいいか分からない場合は、分かる人間を雇うのも1つの手で、それが投資信託です。その場合、雇われた側は、極力、雇ってくれた人に「どういう理由でどういう企業を応援するのか」、説明責任を果たす必要があるのではないかと思います。こうしたことで、「投票率」が上がり、「資本主義の民主化」が起こればいいと考えています。

「群衆の叡智」で限界を突破しよう

 最後に、投票が楽しければもっと参加率が上がるのではないか、なんて妄想で話を締めたいと思います。

 「群衆の叡智(英知)」という言葉があります。例えば、ビンに入った豆粒の数を推定するとします。当て推量の者、数学的に解析する者・・・など別々に推定します。すると、全員の推定の平均は、1人ひとりの推定よりも実際の値に近くなるそうです。

 全体が個の能力を上回るための前提条件がミソです。それは、構成員が「独立」「分散」していること。つまり、それぞれが勝手な理解の仕方をすることであり、「流されない」ことです。まさに多様性が重要なんですね。

 流されてはいい結果にならないというのは、選挙にも投資にも言えることです。

 経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、株式投資を「美人投票」と表現しました。彼の言う美人投票は、単なるミスコンとは違います。複数の写真の中から最も美人だと思う人に投票してもらい、「優勝者に投票した人達に賞品を与える」のです。この場合、投票者は「自分が」美人だと思う人ではなく、「他の人が美人と思うであろう」人に投票することになります。ケインズは、これを株式投資に喩えたのです。

 美人投票方式で勝つには、「周りが気づかぬうちに」やる必要があります。周りがすでに気づいてからでは、まさに「流される」と同じことです。皆がいいと思った株は、もう上昇しています。これに乗っていい結果が出るのは、トレンドが続く時だけです。皆が流されれば、バブルですね。

 「群衆の叡智」が機能するには、流されないことが重要なわけです。皆が自由に編集できるウィキペディアなどは、まさに「群衆の叡智」によって運営されているわけですね。政策も、一部の政策立案者が立てるだけでなく、多様な参加者の中で、常にいいアイデアが生まれる仕組みがあれば面白いと思います。

 実は、残念なことに、多数決で常に最適な結論を得られるというのは幻想に過ぎません。「投票のパラドックス」や「アローの不可能性」で証明されている、民主主義の限界です。

 とすると、「みんなでいいアイデアをアップデート」なんて仕組みがあったら、1回の多数決による「限界」の影響を少なくできるかもしれません。インターネットがその環境を整えつつあるのは、間違いないでしょう。

 投資も、お金を投じるだけでなく、アイデアを投じる機会があってもいいでしょう。株主として意見を言える機会は、年1回の株主総会など、現時点では限られています。しかし、経営について、いやもっと身近に製品やサービスに対して、アイデアを投じる仕組みは充実できるのではないかと思います。

 とかく株主は「要求者」に終始しがちです。しかし、まずは「提供者」になる気持ちも必要かもしれません。そして、提供するものはお金だけ、という固定観念にとらわれることなく、アイデアも提供する。そうしたら、「群衆の叡智」が経営にも使えて、もっと面白い「投票」になりそうだと思いませんか?



PS.リンク先、日経ビジネスオンライン上の著者プロフィールでは、当時投資会社のマーケティングマネジャーを兼任していることになっていますが、現在はお役御免になっておりますので、一応。


2012年10月26日

楽天の電子書籍

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG25069_W2A021C1CR0000/
これ、ネットでは以前より指摘されてきたことですが、ついに指導が入りました。この記事では詳しく書かれていないけれど、おいおいそりゃねーだろ的な数字のごまかし方をしていたようで。三木谷さんの指示なのか、三木谷さんに物を言えずこういうことをしてしまう現場の体質なのか分かりませんが。

楽天を語るにあたり、一応僕のポジションを明らかにしておきたいと思いますが、僕は楽天の株主です。まあ微々たる保有ですが。一年ぐらい前から何度も心にウォーニングが鳴り、そのたびに売っちまおうと思って、でも思いとどまって期待している株主です。思い入れがあるというより、売却を思いとどまらせるほど、既存ビジネスもキャッシュを稼ぐビジネスだし、今後も期待させたからなのですが。なので、外野から適当に批判しているわけではないです。
(まあ今でも含み益は出ているのですけど、投資リターンが高いうちに一時売却しなかったという意味では、失敗例です。)

蔵書数をうたいたい、なんとか目標数字に、という気持ちはわかるけど、事業的にはそういうことではないでしょうよ。ネットにタダで載っているものを載せて蔵書数を稼ぐなんてバカみたいなことに社員の貴重なパワー使わずに、ロングテールを取りに行ってください。何度も参照したい本、持ち歩いてすぐに参考にしたい本、だけど実際の紙の書籍では持ち歩けない本、こういったロングテールをとりにいってほしい、それこそ電子書籍のぽっかり空いたブルーオーシャンでしょう。ついでに、手書きで線が引けるとか、メモが余白に書き込めるとか、文中に出てきた関連書籍がその場で買えちゃうとか、そんなことができちゃった日には、Koboちゃん買っちゃいますよ。

Amazonに対抗するのは、数字を水増しすることじゃないはず。皆が辟易するほど大量のメールを送りつけることじゃないはず。素晴らしいビジネスモデルで、ここまでにしていることは本当に尊敬するし、応援したいんだけど、こうした体質は非常に気になります。中国のバイドゥとの連携がうまく行かなかった理由は、まあ色々あったのだろうけれども、サイトから受けた印象は、消費者にとっての本質を細やかに、という点が足りなかったからのように見受けられます。本質をがんばってほしい。

最近の楽天は、消費者をがっかりさせる体質に見えます。いくらいいビジネスでも、消費者を敵にしてはダメです。いくらいいビジネスモデルでも、付加価値を決めるのは所詮需給ですので。
タグ:電子書籍
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2012年08月18日

為替の時間軸と実業の時間軸

先週末から今週前半にかけて、日本のものづくりの上流メーカー2社とミーティング。
シャープやソニー、パナを始めとした家電メーカーの惨憺たる状況ばかり表に出るが、彼らの上流には、産業ツリーを形成している上流のものづくりメーカーが脈々といて、彼らの屍が累々と積み上がっていってるんだよなぁ。エレキは自動車とともに産業の裾野が広いからなぁ。民エレだけじゃなく、産エレもだけど。

もちろん、これはものづくりの需給バランスが大きく崩れたこと(世界中でものづくりができる人たちが増えたこと)が原因の一つなんだけど、それだけだったらサムスンうはうはで日系企業だけ死に態ってのは説明がつかない。では、そこが経営力の差だけか、って言うと、もちろんそれはあるだろうけど、やっぱり為替の影響は大きいな、ってのが率直なところ。
おそらく、彼我の業績の差へのの影響度分析したら、為替の説明力はかなり高いんじゃないかな。
実質実効為替レートで見ると、ドル円とかユーロ円から受ける印象ほどは円高ではないのだけどね。

円高=デメリット、円安=メリット、なんていう単純な二元論に与するつもりは毛頭ない。けれど、円高になったら円高のメリットが活かせる戦略をとればいい、なんて言うほど簡単には実業で方向転換できない。M&Aするにしたって時間かかるし、海外に拠点って言ったって時間もカネもかかるし、バリューチェーンがそこにない場合は、いくら円高でも一社で行ったって意味はない。ましてや産業を転換するっていったらそれこそ相当の時間がかかる。文学部の人に、「そこに需要はないから、明日から工学部ね。」って言ったって、すぐには転向できないでしょう。
そこも含めてリスクマネージしとこうよ、ってことで僕の出番なんだけど。ぜひお声掛けください。笑
(ちなみに、しばらく円高が続いたこともあって、海外企業へのMAはかなり増えている。苦境の日本企業を海外企業が買うぜってパターンも増えてるけど。)

この点で、日銀や政府は円の高騰を緩やかにするということに、もう少し出来ることはあるんちゃう?と思ってしまう。僕は、基本的に、何かあったらすぐ国頼みの姿勢は大嫌いなのだけれど、それでもこの件に関しては、もうちょっとなんかあるやろ、と思ってしまう。

竹島の問題から、日韓のスワップ協定を破棄しようぜ、ってアイデアがある。確かに、一瞬いいアイデアかもなと思ったんだけど、でもウォン安になったら、日本のエレキ産業の方々は、さらに追い打ちだね。ウォン安になったからって韓国企業を買収しようって話でもないからね。

PS.ちなみに、僕は、領土問題は、ゲーム論の「くり返しゲームの合理戦略」を淡々と貫けばいいと思う。協力には協力を、裏切ったら相応の報復を、また協力的になったらすぐ協力を。決して感情的にならず、笑顔でこれを繰り返す。これ以上わかりやすいメッセージはないね。
こんなことで僕の周りの韓国系、中国系の友人たちとの関係が悪くなる、なんてバカらしいことだけは起こってほしくない。そんな人たちではないと信じている。

タグ:経済 為替 通貨
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2012年05月17日

ヤクルトとダノン

ダノンがヤクルト株の買い増しをしようとしている。

ヤクルトには、ファンドマネジャー時代に一度取材に行ったことがある。
印象的だったのは、彼らの日本語のIR資料と英語のIR資料の差が、非常に大きかったこと。こういう現象はあまり見たことがなかった。

ヤクルトは、国内では非常にしっかりしたブランドを持ち、乳酸菌分野での大きな技術的アドバンテージを持っており、かつ海外売上も確実に伸ばしている。特に、新興国での売上拡大が見込まれるため、やりようによっては非常に期待のできる企業なのだが、ただ、いかんせん経営のスピード感が不足している印象は拭えなかった。
日本語のIR資料を詳細に見ても、経営に、資本効率やスピード感を感じさせるものは少なかった。あれだけの強みとブランドを持ち、海外展開も進展しているにもかかわらず、ROEが5%程度というのは、いかにも低い。
企業価値は、ROIC‐WACCの積み重ねなので、ROICの代理変数としてのROEがこの数字ならば、よほど規模拡大スピードが高くないと、企業価値の上昇は随分マイルドなものになってしまう。

一方で、英語のIR資料のメッセージは、日本語のそれと、大きなかい離があることに気づいた。
たとえば英語のアニュアル・リポートを読むと、資本の効率性を重視して、スピード感を持って企業価値を高めていく姿勢が書かれてある。

日本語と英語の資料で、こんなに経営姿勢の表現が違う企業は、ほとんど見たことがない。

取材時にそうした疑問をぶつけたところ、どうやらダノンのノウハウが一部導入されているようだった。というよりも、ダノン向けのメッセージとして、体裁を整えた、というのが、もしかしたら事実に近いのかな、という印象だった。

結局、投資はしなかった。
非常に素晴らしい強みを持った企業で、方向性も正しいと思ったのだが、経営の効率性やスピード感の不足について、そこを重視して経営改革していく姿勢は感じられなかった。せっかくダノンの資本が入っているのだから、その利点を思い切り利用してやればいいのに。
その後の株価の推移を見ると、この投資判断は間違っていなかったと思う。

と同時に、もし本当に「体裁」だけで、このままのスピード感や経営効率でよしとしているならば、それは業績拡大のスピードにも表れるはずで、そうなったときダノンはきっとそのまま静観することはないだろうなぁ、と思っていた。

で、今回の騒動。
むべなるかな、という印象がある。
あくまで想像だが、ヤクルトが、スピード感を持って企業価値を拡大させるような姿勢を持っていたら、そして実際に株価にそれが反映されていたら、ダノンも無理なことをしてこなかったのではないか。
投資先の企業がうまいことやってくれていたら、それが一番だし、変に関係を悪くするような必要はないものだ。
しかも、今回の件は、ダノン単独でやっているわけではなく、ヤクルト本社のやり方が気に入らない販社もダノンの後押しをしている、との報道もある。
こういう場合、経営の効率性やスピード感といった真っ当な話とはまた違う力学が働いていたりする場合が多いんだけど、果たして。

今回の件が、どういう展開になるのかはよくわからない。
個人的には、日本のよいものが外国資本に次々に買われていくのは、なんだかなー、という思いがある。一方で、マネジメントがうまい海外企業ならば、買収されたほうが、より一層世の中をよくするのかもしれない、とも思う。

実は、似た構図の企業は、結構ある。
日本の食品関連の企業って、いいブランド持っているのに、資本効率の低い企業が多いんだよなぁ。
もちろん、こういう構図は食品企業に限らないのだけれど。

人間、やはり目標を持たないと、そちらの方向には進まないもの。もちろん、目標さえ持てば物事が進むと言うつもりはないのだが、まずは的確な目標を持つことは第一歩。人間の集まりである企業も同じですね。
経営上の重点事項に、投下資本利益率と成長スピードを入れて、目標数字を明確にする。
それを実現するための作戦を具体化する。
現場まで浸透させて、モニターし、PDCI的に回していく。
なんてことをやっていただけたら…

今のうちですぞよ。
(自分のところの事業はどうなのか、というのは、完全に棚に上げております。笑
ヤクルトさん、偉そうなこと言ってゴメンナサイ。)

本当は、何か圧倒的な強みを持って、ゆるゆる生きていけたら、それが一番幸せなのかもしれないけれど、なかなかそうはいかないのが資本主義の世の常。
ものすごいニッチ市場じゃない限り、予想もしないような形で代替されるか、あるいはガバナンスの問題で自壊しちゃうことも多い。

なんて、つらつら余計なお世話なことを考えてきたけれど、Lカゼイシロタ株の効果を信じて、今も時折ヤクルトを飲んでいる一ファンとしては、世界に誇れるジャパンブランドとして、ヤクルトさんにはバリバリ頑張ってもらって、世界の人々のお通じをブリブリ促進していただきたいものでございます。

大塚製薬のポカリスエットとともに、「日本のコカコーラ」みたいな存在を目指していただけたら。
あのなんとも言えない母性本能(父性本能?)をくすぐる容器のまま、2リットルサイズとかで世界中で売りまくっていただければと。笑
(保存の問題や飲む量の制限で実現しないのかもしれませんが。)

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instagramのfacebookによる買収に思うこと

随分前に書いて、不明な点も多いので放置していたのですが、一応アップしておきます。

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18か月で10億ドルの値がついて、あっという間に億万長者、ってことばかりが語られていますが、ちょっと別の観点から書いてみたいと思います。

●Exitの多様化
まず、ベンチャー企業のexitが、IPOからM&Aに移ってきているというと。
Exitの方法が多様化するのは、歓迎すべきことだと思います。

●ベンチャーのマネタイズ
ただ、仕事柄、ベンチャー経営者と会ったりするのですが、バイアウト狙いだからマネタイズの方法をあまり考えていない、という風潮が強いことには、懸念を感じています。
「タダでサービスして、ユーザー数をひたすら拡大して、企業価値が上がったところで、事業ごと売却する。マネタイズは、売却先が考える。」

しかも、こういう風潮を、投資家側も助長しているフシがある。
「マネタイズの方法なんて、別にいいんだよ。事業が売れれば。」

よく例に出されるのが、Amazon。
最初、マネタイズが進まずに赤字続きだったが、今や押しも押されぬネット小売のマンモス。
ただ、誤解してはいけないのが、マネタイズの時期が遅い、ということと、そもそもマネタイズの方法を考えついていない、というのは、決定的に違うというとこです。
マネタイズがいつまでもできないと、資本を食いつぶすだけで、だんだん足元を見られ始めます。
やろうと思えばいつでも稼げる、という状態を作っておくことは、とても重要です。
マネタイズを急ぐがあまり、ユーザー数が集まらずに小さくまとまってしまう、という批判もあると思います。
確かに、稼ぐために小さな中小企業にまとまってしまう、ということはベンチャーとして避けたいところですが、一方で、サービスに価格をつけたら広がらない、って時点で、たいしたサービスではないのかもしれません。

●買収価格について
なぜか色々記事を見てみたんですが、一つ不明な点が。
10億ドルでの買収ということはわかったのですが、10億ドルで株式の何%を売ったのか、どこの記事にも出ていません。100%の完全買収?それとも100%じゃないのか?
これがわからないと、いくらの時価総額を想定しての買収なのか全く分からないのですが、誰もこれに触れていない、ってのは一体…?
(まあ、要するに皆さん、したり顔で評論するものの、実際にはよくおわかりでないということか、おっと、誰か来たようだうぇrちゅいおpldgfhgjhk)

気を取り直して、仮に100%で10億ドルなら、日本円で約800億円の時価総額。
Instagramの財務状況を知る由もないですが、売上はほぼゼロなのでPL上稼ぎがあるわけではない。BS側は、資本を大きく食いつぶす投資が必要なわけではないと思いますので、サーバー代、開発費、人件費、家賃などなどランニングコストで資本を食っている状態なんですが、まあ13人なんでたいしたことないでしょう。というわけで、おそらく、BS上、バリュエーションに特別影響を及ぼすようなものはないと推察されます。
ってことは、バリュエーションとしてPERから考えても、まあそう問題はないよねってことになります。
800億円の時価総額を正当化する収益をPERで考えてみます。
仮に通常運転になった時の将来PER15倍として、毎年税引き後の純利益を50億円強稼ぎ出すビジネスなら正当化されます。税前の営業利益ベースで90億円ってところでしょうか。
現在3000万人の利用者数らしいので、全部アクティブユーザーとして、一人あたり毎年300円の営業利益。
利用者数がこれからも増加し続けるならば、まあ、そんなに高い買い物じゃないのかな、という印象。
一方で、この分野、意外に参入障壁が高くないってことを考えると、マネタイズはそう簡単でもないのかなぁ、なんて風にも思います。facebookが買うと、instagramのマネタイズは途端に楽になるのかな?そんなビジネスに仕上げられるんだっけ?

以上は、あくまで100%を10億ドルで買収した場合の試算です。
100%じゃないとしたら、それだけ収益のハードルが上がるということです。

どなたか、この買収比率ご存じのかたいらっしゃいませんか〜?

2012年04月13日

織田信長と武田信玄の違いにみる「選択と集中」の本質

「選択と集中」はよく、事業ドメインを絞って勝負すること、のように思われがちだが、それは本質を外している。

絞った事業分野のマーケットがぽしゃったらどうするの?

そもそも、何のために「選択と集中」をするのか?
それは、経営リソースが限られているから、に他ならない。
限られた経営リソースを、無駄遣いせずに効果的に活用するため。

別に経営リソースを有効に無駄づかいなく活用することができるならば、事業ドメインを一つに絞る必要なんてない。
一番いいのは、その企業の情熱と強みにフォーカスしつつ、一方で、ユーザーや用途は分散されていた方がいい。
事業ドメインを一つに絞る、ということが「選択と集中」の本質ではない。

ソフトバンクの孫正義氏に関する本を読んでいて出てきたエピソード。
孫さんとは直接関係ないのだが、それは織田信長と武田信玄の戦い方の違いについてだった。

武田信玄は、甲斐の国から360度に戦いをしている。彼の目的は、自分の領土を守り、拡大することだった。そのため、四方の敵全部と戦っている。また、それだけの戦いが出来るだけの戦力が、武田軍にはあった。
一方、織田信長は、自国、尾張の国から京都までの直線にある敵としか、ほとんど戦っていない。尾張と京都の直線にない相手とは、戦いを避けて同盟を結んでいった。
違いは、彼の目的が自国の防衛・繁栄にあったのではなく、天下を取る、ということにあったから。

これこそが、「選択と集中」の本質だ。
つまり、「選択と集中」は、極めて合目的的な概念だということ。

「選択と集中」=事業を絞ること、なんて考えているとしたら、本質を見誤る。

*「選択と集中」に関する過去のエッセイ
選挙にも投資にも興味ないかたへ 選挙も投資も「美人投票」では面白くない! 2009年08月25日
「The Four Principle of Enduring Success ヨーロッパ企業の興亡に学ぶグレートカンパニーの条件」 2008年02月04日
比較優位に足りないもの2 〜アウトソースが常に正しいわけじゃない 2007年08月21日

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2012年04月03日

先輩方の残す負債ばかりに目を向けないで、先輩方の築いた資産を利用しよう

日本の大きな問題の一つとして、財政(含む年金)の問題がある。

簡単に言えば、世代間の不公平の問題。
皆もどこかで見たことがあるかもしれないが、年代によって、払った額と受け取った額の差し引きに、大きな不公平が生じる。当然、若い年代になるほど割を食う。

その分、若い年代が稼ごうにも、日本は消費世代人口の減少とともに、内需の曲がり角を迎える。
少子化で労働力が足りなくなるから、外国人を受け入れようだの、高齢者を活かそうだの、女性の就労率を上げようだのといった話になる。
いや、これ自体に反対しているわけではないが、これらは、経済を供給側からしか見ていない議論。潜在成長力を上げよう、という議論。
ただ、今は、どちらかというと、需給ギャップがマイナスの時機。
つまり、供給を伸ばすどころか、需要不足で過剰供給になっているのが実態。
しかも、需要不足を解消しようにも、消費に回るお金は増えていない。労働分配率が低下しているから。
企業が稼ぐ付加価値のうち、賃金に回る割合が増えないのだ。
上昇する資源価格により付加価値は低下し、稼いだ付加価値も、労働者ではなく株主側に回る割合が大きくなった、というのがここ10年。

だから、いくら規制しようが、企業は労働賃金を抑え、それを変動費化しようとするのが合理的になる。
当然、年代の高い人は既得権者として、企業に居座り、その分、若い世代が、労働力の変動費化のしわ寄せをもろに受けている。

つまり、若い世代は、ストック面で、財政や年金という先輩世代の負債を引き受けると同時に、フロー面でも、供給過剰経済とグローバルな経済の大きな潮流のしわ寄せを受けて、稼ぎも減っている。

政治を変えようにも、世代間の人口は、若い世代ほど少ない。そのうえ、投票率も、これまた若い世代ほど低い。
ただ、若い世代なんて、「通常運転」なら、知識もまだ少ないし、政治に関心が薄いのも当然かもしれない。
つまり、これを逆転させるほどの「せっぱつまった感」はまだないということだし、そういう意味ではまだ通常運転なのだろう。


で、誰が悪いんだっけ?
誰かのせいにして、何か変わるんだっけ?

こうした世代間不公平の話には、圧倒的に抜けている観点がある。
先輩たちから受け取る負債の反対側には、同じように先輩たちから受け取る資産があるはずなのだ。

これをもっと利用しない手はない。

で、こうした資産は目に見える有形資産だけじゃない。


アジアの新興国に仕事で行くとよくわかる。
「日本人」の信頼度がいかに高いか。
一部の、日本のことをあまり好きではない国は別として、その他の国や地域での、日本人への信頼感は、当の日本人である僕が驚くほどだ。
これは、単に「親日的」というレベルではない。
よく言われてきた日本製品のブランド力、というレベルでもない。
そういったレベルを超えて、日本人に対する「信頼感」「信用度」が、驚くほど高いことを感じるのだ。
僕が各国のトップビジネスパーソンたちにそれ程苦労せずに会えるのは、僕個人への信頼だけでは説明がつかない。僕は今となっては大企業の肩書を背負っているわけではない。もちろん、何をしている人間で何をしてきたか、これから何をしようとしているか、というのは伝えるものの、それまで僕のことを詳しく知らなかったことを考えると、おそらく「日本人だから」ということが、有利に働いていることは間違いない。

ビジネスをする上で、信頼がないということは、すなわちコストがかかることを意味する。
それを、日本人はかなりの部分でクリアしているのだ。
おそらくそれは、日本人の国民性とともに、今はまだ保持している経済力も、そのブランドのバックにあるはず。
(少なくとも、アジア新興国の人たちは、まだそう思ってくれている。)

たとえば、ある国での日本人経営者。
彼は、その分野の専門家でもなんでもなかった。おそらく、日本国内にいたら、この分野でズブの素人がこうした企業の経営者にいきなりなる、なんてことは起こり得ない。
でも、その国では、日本人、ということでの信頼感が生きる。
加えて、彼を経営者にすることで、日本の資本が入ってくることを期待されている。

別の例。インドネシアでは、日本だけ自動車の関税が低い。なぜこんなことがまかり通っているかというと、、、
太平洋戦争で日本が敗れた後、インドネシアには宗主国であるオランダが再び己が領土にしようと乗り込んできた。そこから4年にわたって独立戦争が繰り広げられるのだが、敗戦後の日本兵がインドネシアに残り、インドネシア兵とともに独立戦争を戦った。インドネシア人は、これに大変な感謝を示してくれる(僕が戦ったわけではないのに)。
もちろん、その後の関係性の積み重ねは当然あるだろうが、インドネシア人に聞くと、必ずこのエピソードに行きつく。


誰がこうした信頼を獲得したのだ?

目に見える形での社会資本だけでなく、こういった無形の資産も、実は先輩世代が築きあげてきたものだ。
僕は、先輩方に媚を売りたいとか、そんな気は全くない。
世代間不平等は、とても大きな問題だと思っている。
ただ、評価はフェアであるべきだと思う。
若い世代は、先輩方からの負の遺産にばかり目を向けるのではなく、正の資産をもっと利用する前向きな姿勢があってもいい。

残念なことに、こうした資産は、ほおっておくと、その資産価値がどんどん低下する。

海外に行くと、必ず聞かれる。
「中国人や韓国人は来ている。なぜ日本人は来ないのだ?」
このままでは、10年、いや5年もすると、日本の存在感は薄れ、こうした正の資産も劣化しかねない。

もちろん、日本国内でも伸びる分野はあるし、開拓できる市場はある。
海外市場を取りに行かなければ生きていけない、と言うつもりはない。
ただ、平均的にはやはり、日本の内需の成長率は、こうした海外の新興市場の伸びには後れを取るだろう。
こうした海外の成長市場を取りに行く姿勢をもった人は、「視界の6割」を有効活用できるだろう。

この時、僕らが想像している以上に、先輩方の残す資産は、力を発揮してくれるはずだ。


(あ、現地の経済や市場、制度、文化、それから為替の行方については、羅針盤が必要ですよ。必要な時は、当事務所に一度ご相談くださいね。笑)

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2012年03月30日

テレビをこうして作ってみては? 〜未来の消費者は何をありがたいと思うのか

先のエントリーの、残りの4割に関する話。

シャープは、フォックスコンの資本を受け入れて、アップルTVへの液晶の採用を狙っているらしい。
あれ?もう自分たちでは新しいコンセプトのTVを作ることはあきらめたの?
今後、TVの付加価値は、どこに一番落ちるか考えると、部材供給だけはあまりにもったいない。
続きを読む
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視界の6割を広げるために 〜経済のターニングポイントを読む

未曾有の赤字を記録したシャープが、フォックスコンの資本を受け入れることになった。
まあ、そういう世の中の流れだよね、という感じがするが、株価が一番安くなった時に買われることについては、なんだかなぁーと思わずにはいられない。
続きを読む
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2012年03月26日

昨日の追記:亡くなった後輩の嫁が、メッセージをくれた。

後輩の嫁が、昨日のエントリーを読んで、メッセージをくれた。
(また載せちゃうけどゴメンな。)

「…お葬式のことは何にも気にしないでください。○○は形式にこだわらない人です。先輩もよくご存じだと思います。きっと笑ってますよ。」

わかってる。きっと俺が死んだときもそう思うだろうから。
でも、10年間喉にちょっとだけ引っかかっていた小骨が、すっきり流れる思いがした。
泣けた。ありがとう。(外だったから、人から隠れるのがたいへんだった。笑)

旦那に負けず、素晴らしい女性だ。

そして、このメッセージには、どこにも過去形がなかった。
あいつは、俺以外にも、色んな人の尻を今も蹴っ飛ばしているのだろう。

posted by nao at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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